モコがお母さんの足元にやってきて、尻尾を振っている。お母さんはモコを抱っこして、微笑みながら眉を垂らした。
「澪佳は、小さい頃からわがまま言わないわよね」
「え?」
「我慢癖がついてるのかしらねぇ」
 ちょうどタイミングよく、モコが甘えた鳴き声を出した。お母さんは、私に話しているのに、ひとり言を言っているようでもあり、モコに話しかけているようにも見える。
「欲しいものを欲しい、やりたいことをやりたい、って言ってもいいんだからね」
 そして、そう言いながらキッチンのほうへと歩いていった。



 月曜日の朝、重い足取りで廊下を教室へと向かっていると、後ろからポンと肩を叩かれた。
「おはよう、荘原。もう大丈夫なのか?」
 政本君だ。土曜日の練習試合で、もちろん私の失態を知っているのだろう。あの後先生に促され、みんなに挨拶もせずに帰宅したから、心配してくれていたんだ。
「うん、大丈夫……ていうか」
 私は政本君が左足を若干引きずっていることに気付き、
「もしかして、ケガしたの?」
 と尋ねる。すると、政本君は頭をかいて、照れくさそうに頷いた。
「ケガっていうか……軽い肉離れ? 最近帰ってから走ったりもしてたし、土曜日に張り切りすぎたのもあって、やっちゃった」
「え……じゃあ部活は?」
「無理しなければ、1週間とか10日くらいで自然治癒するみたい。だから、2週間後の試合のために、とりあえず今週は見学だけする予定」
「そんな……」
「大丈夫、確実に治すから。そのために、しばらく徒歩通学やめてバス通にするし」
「バス?」
「そう。荘原と同じバス停。路線は違うだろうけど」
 私は、九条先輩と並んで座る、あのバス停のベンチを思い出した。
そうか、部活を見学してからバスで帰るってことは……今日から政本君と同じバス停で15分、一緒に過ごすってことか。

部活中の私は、とりあえずいったんマネージャー業務に戻ることになった。藍川先生からそうするように言われたからだ。考えさせてくださいと言った私が、自分でちゃんと判断を伝えるまでは、そのままマネージャーでいいとのことだった。