ちょっと話しただけだけれど、明らかに空気が変わった気がする。それに、やっぱり先輩、話しやすくなっている。先輩が、こちらに気を使ってくれているのかもしれないけれど。
 ……ん? それより……。
 もしかして、これからずっと……九条先輩がコーチに来てくれる火曜日と金曜日は、この帰りのバスの待ち時間に一緒だということだろうか。
「政本……」
「えっ?」
「あいつ、だいぶ上手くなってるね」
「あ……はいっ! チームを引っ張って頑張ってくれています」
 話しかけられるたびに、やっぱり背筋が伸びる。でも、政本君の話題は、まるで自分のことのように嬉しい。そして、彼の努力を共有できる人と話せることも、そして先輩もそう思って話してくれているということも嬉しく感じた。
「まぁ、ちょっと荒いところもあるけど」
「そうですね。後半バテがちなところと、怪我しやすいところは気がかりなので、要改善かと」
「よく見てるね」
「はい。部員観察もマネージャーの務めなので」
 そう言うと、九条先輩が短く笑った。この人、こんなふうに笑える人だったんだ。以前の印象があまりにもクールだったから、ちょっと拍子抜けしてしまう。
 次第に深まっていく闇に、外灯の光がはっきりとしてきた。目の前を、数人の部活帰りの生徒たちが笑い合いながら通り過ぎていき、間を空けて座っている私と先輩は、また黙りこむ。
 彼らの声が遠ざかり、私はまた頭の中で次の話題探しを始めた。沈黙が苦手なのだ。なぜかわからないけれど、一度話すと、会話を途切れさせることに罪悪感を覚えてしまう。
私は、バッグにつけている10センチほどのぬいぐるみストラップで手遊びし、先輩の顔色をうかがいながら、おそるおそる口を開いた。
「先輩は、なんでコーチを引き受けたんですか?」
 すると、九条先輩は顎を上げて屋根のふちを眺めながら、「んー……」と言った。
「あ、いや、大学は忙しくないのかな、と思って。講義とか……あと、バスケ続けてるなら練習もあるだろうし」
「続けてない」
「え?」
「バスケ。大学ではもうやってない。半年前くらいに怪我したから」
「…………」
「それに、講義は、火曜と金曜だけ最終コマ入れてない。だから、週2で引き受けた」
「なるほど……」