「いえ……あの」
「荘原さんはマネージャーとして精一杯やってくれてるし、大変なことも率先してやってくれてる。だからみんな、荘原さんに甘えてたんだと思う。私自身もそうだった」
 そして、再度「ごめんなさい」と言って頭を下げた先生。
驚いた私は、
「あのっ、承諾したのは私なので、みんなも先生も悪くないです」
 と訴える。
顔を上げた先生は、力なく首を横に振った。こちらが申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「……でも、次の試合は出なくていいからね」
「……あ……」
 私の体を支えていた九条先輩の腕がスッと下げられ、私は無意識で先輩を見上げた。先輩は私と視線を交錯させた後で、ふいっとその目を逸らす。まるで、自分で考えろ、とでも言われているかのような気持ちになった。
「か……」
 私は乾いた喉から、絞り出すように声を出す。
「考えさせて……ください」
 小さな部屋に響いたその弱々しい声は、自分の自信の無さを物語っていて、先生が「わかった」と言った返事も表情も、すでに諦めをまとっているように見えた。



 日曜日、私は、手を洗うついでに洗面台の鏡を見て、そのままたたずんでいた。映っているのは、当たり前だけれど、私の顔。けれど、まるで生気を失ったような、くすんだ顔色の私だった。
「はぁ……」
 昨日のことを思い出すと、消えてしまいたい。そして、その感情は苦い記憶の中にもたしかにある、懐かしいものでもあった。
 それを認めた私は、再度鏡を見る。そこには、幼い私が映っていた。

 ……苦しい。息ができない。みんな普通にしているのに、自分だけ水の中で溺れているみたいだ。
 小学1年生の頃、昼休み時間に思いきり鬼ごっこをしてしまった。体育でも激しい運動は見学し、休み時間にも走るなと言われていたのに、ついつい友達と遊ぶのに夢中になってしまったのだ。グラウンドに膝をついてうずくまった私は、涙目で『助けて』と言うも声が出せなかった。
 慌てて駆け寄ってくる友達と、先生。私はポケットに入れておいたハリッチを懸命に握り、“大丈夫、すぐなおる”と繰り返し呪文のように心の中で唱えた。
 あれは、たしかに発作だった。小さい頃からたびたび繰り返していた、私にとって恐怖でしかない怪物だったんだ。