あれがないと、明日、練習試合とはいえ試合に出場する気持ちにはなれない。心を落ち着かせることができない。
 私は心臓を押さえた。記憶の奥の、発作のフラッシュバックが襲ってくる。
『大丈夫? 澪佳ちゃん!』
『大変! 顔が真っ青だよ』
 頭の奥、小学校のバスケ仲間の女子たちの声が響いてくる。
『澪佳ちゃん、まただー』
『あれ? 手術成功したから、もう大丈夫って言ってたはずなのに』
 そんなの、私だって思ってる。好きでこんなふうになっているわけじゃない。
 小学生の小さい私も、耳を塞ぎながらハリッチを探している。早く、早く見つけなきゃって。
「……っ!」
苦しい。嫌だ。怖い。逃げたい。誰も私を見ないでほしい。
 負の感情に飲みこまれてしまいそうで、冷や汗が止まらない。こんな状態で、明日の試合なんて出られるわけがない。今なら先生が職員室に残っているだろう。今からでも“やっぱり出られません”って言って、謝らなきゃ。
「おい」
 そのとき、背後から声がした。薄暗い倉庫に、体育館からの明るい光を背に受けて黒い影が伸びる。振り返ると、九条先輩だった。
「なにしてるんだ?」
「先輩……」
「あと5分でバスくるぞ? 乗り遅れるだろ」
「あ……」
 焦っていて、バスのことを忘れていた。スマホをみると、たしかに5分前だ。
「探し物?」
「ハ……ハリッチが……」
「は? ハリ……なに?」
「ハリネズミのストラップです」
「ストラップ? 来週、部活のときに探せばいいだろ?」
「だって、明日、練習試合……」
「ちょっと待て。よくわからないから、ちゃんと説明して」
 私は、しどろもどろになりながら、光枝さんが抜けたことと私が練習試合に出ることになったことを説明した。男子と九条先輩は、その話を聞く前にすでに体育館を後にしていたからだ。
 そして、私がハリッチを心の拠り所にしていることも話した。小さい頃からの癖みたいなもので、あれで心を落ち着かせているのだと告白する。
「とりあえず、おおまかにはわかった。けど……」
 そう言うや否や、先輩が私の手を引いて立ち上がらせる。
「乗り遅れるから、走るぞ」
 そして、私を引っ張って走り出した。
近道で校内に植えられた背の高い木々の間を抜け、裏門へと出る。そして、そこからバス停まで一直線の歩道を、すごいスピードで走った。
「はぁっ、はぁっ……」