高校のときの先輩は、たしか自転車通学だったはずだ。ということは、今は大学近くでひとり暮らしをしていて、そちらへ帰るべくバスに乗るのだろうか。私の乗るバスの路線は大学方向じゃないから、違う路線? それなら私のバスより後に来るはずだから、待ち時間は……。
「なげぇ……」
 ぼそりと呟いた九条先輩に、私の肩は上がった。たしかに、そうだろう。私のバスが来るのも、15分後だ。同じバスじゃないのなら、九条先輩はもっと待つことになる。
 私は、そのひとり言にリアクションすべきかどうかを考えた。間柄的には同じ部活に属していた先輩後輩、そして現在コーチとマネージャーなのだけれど、気軽に話せるほどの仲ではない。むしろ、恐れ多くて近寄りがたい存在だ。
でも、だからこそ、この15分を沈黙で過ごすのは気まずい気もした。それに、無視をしたみたいで印象が悪い。
なんて言おう。“今、どちらに住んでいるんですか?”……いや、なんか踏みこみすぎてて気持ち悪いかな。“もっと、便数増やしてほしいですよね”……うん、これでいいかも。
「も……」
「座らないの?」
 私が口を開くと同時に、九条先輩がベンチの自分の横に手を置いて聞いてきた。私は、またもや肩を上げ、思わず、
「座ります」
 と、返事をしてしまう。
 言った以上座らざるをえなくなり、端っこにおそるおそる座った。焦げ茶色のベンチは二脚くっついていて横に長く、私たちの距離は人ふたり分はある。けれど、やはり、ふたりきりでのこの空間にこの沈黙は、耐え難いものがあった。
 現在のバスケ部はこうなんですよ、と話題を振るべきだろうか。いや、でも、部活の時間が終わってまでそんな話を出してくるなんて、ウザいと思われるかも……。
「もしかして、A町方面?」
「え?」
「バスの路線。20分以上待つとか、長すぎない?」
 九条先輩が、両手を頭の後ろで組んで顎を上げる。自然に語りかけられ、私はちょっと勢いづき、
「私、B町なんです。だから、15分したらバス来るんです」
 と返事をした。すると、先輩は、
「あ、そう。ずるいね」
と返す。
「もっと、便数増やしてほしいですよね」
 よかった、さっき考えたコメントを出せた。
「まぁ、乗客人数考えたら、無理だろうけどね」
 うん、不発に終わったけれど。