先輩は、しばらく細い目で空を見上げ、
「ない」
と言った。
「そ……」
「わけ、ない」
そうなんですね、と相槌を打とうとした途端打ち消され、私の表情は固まる。先輩は自嘲するように、口角を上げた。
「後悔だらけだよ」
「それは……無理して試合に出たことに対してですか?」
「それは後悔してない。そうしなければ、きっと別の後悔をしてたと思う。やったことは褒められたことじゃないけど」
反対車線を、自転車に乗る男の人が通りすぎていく。先輩はそれを目で追いながら、ベンチの背もたれに肘をつき、頬杖をついた。
「後悔は、“膝に体重をかけ過ぎるクセがついていなければ”“チームプレーをもっと大事にしていれば”“自分を過信していなければ”……。まぁ、結局全部“あの日あのとき、怪我をしていなければ”に集約されるんだけど」
「…………」
「でも、結局それは後付けで、そのときそのときには自分のベストでやり切ってるから、べつに自分を責めたりはしていない。後悔はあるけど、その瞬間は後悔のない判断で動いてたし」
私は、ただただ頷いた。でも、心からの理解はしていなかった。でも、先輩らしいというのは伝わってくる。
「ピンときてないだろ」
「……そんなことないです。ただ、なんていうか……羨ましいです。私は、そう言えるような経験がなにひとつないので」
「何も始めようとしてないからでしょ?」
言われて、ドキリとした。『変わりたくないなら、無理に変わらなくていい』というこの前の皮肉も込められている気が勝手にして、私は下唇を噛む。
「あれだな。何をするにしてもしないにしても後悔はするんだから、結局したいようにすればいい、って話」
「どっちにしても後悔するって……ネガティブじゃないですか?」
「一周回って、ポジティブだよ」
先輩は微笑んだ。まるで私を試すかのようなその表情に、私は思わず目を逸らしてしまったのだった。
それは、練習試合1日前の金曜日のことだった。
「えー……と、仮入部中だった1年の光枝(みつえだ)さんが入部を辞退されました。陸上部からも勧誘が来ていて、そちらに入ったとのことです」
部活後、更衣室に向かおうとしていた女子だけを集めた藍川先生は、そう言って眉間を押さえた。
「ええっ!」
「ない」
と言った。
「そ……」
「わけ、ない」
そうなんですね、と相槌を打とうとした途端打ち消され、私の表情は固まる。先輩は自嘲するように、口角を上げた。
「後悔だらけだよ」
「それは……無理して試合に出たことに対してですか?」
「それは後悔してない。そうしなければ、きっと別の後悔をしてたと思う。やったことは褒められたことじゃないけど」
反対車線を、自転車に乗る男の人が通りすぎていく。先輩はそれを目で追いながら、ベンチの背もたれに肘をつき、頬杖をついた。
「後悔は、“膝に体重をかけ過ぎるクセがついていなければ”“チームプレーをもっと大事にしていれば”“自分を過信していなければ”……。まぁ、結局全部“あの日あのとき、怪我をしていなければ”に集約されるんだけど」
「…………」
「でも、結局それは後付けで、そのときそのときには自分のベストでやり切ってるから、べつに自分を責めたりはしていない。後悔はあるけど、その瞬間は後悔のない判断で動いてたし」
私は、ただただ頷いた。でも、心からの理解はしていなかった。でも、先輩らしいというのは伝わってくる。
「ピンときてないだろ」
「……そんなことないです。ただ、なんていうか……羨ましいです。私は、そう言えるような経験がなにひとつないので」
「何も始めようとしてないからでしょ?」
言われて、ドキリとした。『変わりたくないなら、無理に変わらなくていい』というこの前の皮肉も込められている気が勝手にして、私は下唇を噛む。
「あれだな。何をするにしてもしないにしても後悔はするんだから、結局したいようにすればいい、って話」
「どっちにしても後悔するって……ネガティブじゃないですか?」
「一周回って、ポジティブだよ」
先輩は微笑んだ。まるで私を試すかのようなその表情に、私は思わず目を逸らしてしまったのだった。
それは、練習試合1日前の金曜日のことだった。
「えー……と、仮入部中だった1年の光枝(みつえだ)さんが入部を辞退されました。陸上部からも勧誘が来ていて、そちらに入ったとのことです」
部活後、更衣室に向かおうとしていた女子だけを集めた藍川先生は、そう言って眉間を押さえた。
「ええっ!」