部活が終わりバス停に向かうと、ベンチに座る九条先輩の影が見えた。私はそれを見て、少し早歩きになる。今日は、他にバスを待つ人影はない。
「おつかれさまです」
「おつかれー」
 私は先輩の横に座り、
「はい」
 と自分から手を出した。しばらく間を置いてから、先輩がその手を握る。
「政本君に、疑似交際のこと、“藍川先生に迷惑がかかるから”っていう理由で説明しました」
「そう」
「なんで、政本君に言ったんですか?」
 私はこの苛立ちが何からくるものなのかわからずにいた。せっかく計画どおり、藍川先生と九条先輩の噂が消えていたのに? せっかく政本君を好きだということを誤魔化すことができていたのに?
 そのどちらでもあり、そのどちらでもないような、複雑な気持ちだ。
「いい感じだな、と思ったから」
「何がですか?」
「政本とマネージャーが」
 あえて“澪佳”ではなく“マネージャー”と言われ、そのことも神経を逆なでする。
「勝手に言わないでください」
「好きなのに?」
「好きだけどっ……」
 そう言ったところで、妙な違和感に気付いた。
 あれ? 私は……。
「とにかく、今後言うときは、前もって私にも教えてください」
「はいはい。やっぱり堅苦しい」
 そう言われ、私は握り合った手のかたまりで先輩の膝を軽く打った。そのことで、ほんの少しだけ空気が和らいだ気がする。
 そういえば……。
『……もったいないじゃん』
『やりたいって気持ちがあって、それができるんなら、やったほうがいい』
『ごめん。変わりたくないなら、無理に変わらなくていいよ』
 火曜日のことが、頭によみがえる。あの話の続きが、まだちゃんとできていないかった。さっきの件で頭がいっぱいで、記憶の片隅に追いやられていたのだ。
「……先輩、質問いいですか?」
「んー?」
「後悔とか未練て……あるんですか? バスケに」
 つないでいる手が、ピクリと動いた。けれど、先輩は表情を変えずに、
「なんで?」
 と聞き返してくる。
「あ……だって、ドクターストップがかかっても試合に出たとか言ってたし、悔いのないようにやり切った感があるのかな、って……思っ……て」
 言いながら、私は何を言っても失礼なような気がしてきた。こういう話をして掘り起こすことじゃないだろうに、なんで私は聞いてしまうのだろうか。
「後悔……」