私は、考えないようにして政本君に声をかけた。すると、政本君は大きく2回頷く。
「そう。ていうか俺、実は帰ってからもジョギングしてるんだよね。試合で最後らへんバテがちだから、もっと持久力つけたくて」
「そうなの?」
「今度S高との練習試合があるだろ? まずはそれに勝ちたくて。その2週間後には、地区大会もあるし。そう考えると、いてもたってもいられなくて」
「うん……気持ちはわかる。数えると、あと数回しか試合できないもんね」
「ていうか、もっと早くに頑張っとけよ、って感じだけどな」
 政本君は、「ハハッ」と爽やかに笑った。私は「ううん」と言って、下から政本君を見上げる。
「政本君は、1年のときから頑張ってるよ。ちゃんと見てるから、わかってるし、私」
「あー……そう?」
 すると、政本君は鼻をこすった。
「ていうか、照れるから、そういうの。嬉しいけど」
 そう言われて初めて、私は自分が恥ずかしいことを言ってしまったと気付く。
「ちがっ……違わないけど、いや、あの、マネージャーとしてずっと応援してきたから、ほら」
「わかってるって。感謝してます、荘原マネージャー」
 お互いぎくしゃくしながらそう言って、顔を見合わせて「ハハ」と笑った。
「政本ー、どんな?」
 すると、私に影ができて、背後から声が聞こえた。顔を向けると、九条先輩が上から政本君の足を覗きこんでいる。
「そんなに腫れてないし、大丈夫です」
「あそ。じゃあ、ゲームになったら入って」
「わかりました」
 先輩と政本君の話が終わっても、先輩の影が私を覆ったままだった。戻らないのかなと思って、もう一度先輩を見ると、私としっかり目が合った。じっと見下ろされ、なぜか胸が苦しくなった私は視線を逸らす。
「政本」
「はい」
「これ、内緒なんだけど、俺とマネージャー、本当は付き合ってないから」
「は?」
「嘘の交際」
「へ? えっ?」
 そう言ってまた戻っていった先輩の背中を、私も驚いた目で見た。急に、なんでそんなことを言うんだ、先輩は。
 そして、『本当は付き合ってない』『嘘の交際』という言葉が、真実なのに胸に刺さっていることに気付く。
「どういうこと? 荘原。マジなの?」
 クエスチョンだらけの顔で、私を見た政本君。私は、
「……あー……うん……」
 と言って、頭の整理ができないままで小さく頷いた。