「ごめん。変わりたくないなら、無理に変わらなくていいよ」
「あ……」
「お客さん、乗りますかー?」
 バスの運転手さんに急かされ、私は慌てて半開きのバッグを持って立ち上がった。
「乗ります」
 話の途中なのに、と、後ろ髪を引かれながら乗りこみ、振り返って先輩を見る。先輩はいつもと変わらない表情で手を振っていた。
「じゃーね」
 という声がドアが閉まる音と重なって、運転手さんに「危ないので座ってください」と注意される。
 一番前のシートに座った私は、いろんなことでぐちゃぐちゃした気持ちに、下唇を噛んだ。なんで自分はこうなんだろう。いつも百点満点の言動を探しているはずなのに、どうもうまくいかない。そして、うまくいかなかった自分にとことん自己嫌悪して、後悔が溜まっていくんだ。
『常に周りのご機嫌取りをしてるみたいに見える。空気を読むべきだって気負っているっていうか』
 さっきの先輩の言葉が、また頭の中に響いた。私はそれをかき消すように、頭を横に振ったのだった。



 翌日には、さっそく仮入部の1年生がやってきた。運動神経がよく、バスケ初心者だというのに動き方のセンスがある。きっとすぐに上手になって戦力になってくれるだろう。
 金曜日も、みんなのタオルの準備をしながら、彼女の俊敏な足取りを見ていた。すると、ラダートレーニングの合図の笛を鳴らしていた九条先輩が、政本君を連れて私のところへ来る。
「マネージャー、こいつ足捻ったからアイシングお願い」
「俺、大丈夫ですよ、このくらい」
「いいから、ほら」
 先輩にそう言われて、背中を押された政本君。私が、
「わかりました」
 と言うと、先輩は戻っていった。どことなく、よそよそしいままだ。
「ごめん、荘原」
「なんで謝るの? こういうときのためのマネージャーなのに」
 アイシングを準備してきて、折り畳み椅子に座っている政本君の足首を冷やす。
「俺、けっこう小さい怪我が多くて、嫌になるよ。しかもアップ中って、情けない」
「みんな、ちょこちょこやってるよ。大きい怪我じゃないだけいいよ」
 言いながら、また九条先輩のことを考えていた。この前の火曜日に『もったいない』と言われたときの胸の痛みが、ぶり返してくる。
「あれだよね、3年で最後だから、熱が入っちゃうんだろね」