「あぁー……はい、全然ダメでした、やっぱり。息切れがすごいし、そもそも体力がついてないので」
 私は、先生に気を使わせないようにそう返す。そして、それを聞かれていないか、九条先輩の姿を探した。先輩は男子に指導をしている最中で、ホッとする。
「私、やっぱりマネージャーの仕事が好きだし、みんなの応援にいっそう力を入れますね」
「そっか、そういうことなら仕方ないな」
「なにはともあれ、新入部員がゲットできそうでよかったですね」
「ホントにね」
 藍川先生と話しながら、そういえば、と思い出した。先日、北見さんに聞いた噂のことだ。
「あの……先生、話は変わるんですけど、近々ご結婚されるご予定ありますか?」
「……それ、最近よく聞かれるんだけど」
 先生はわざとらしく舌を出して、眉間にシワを寄せた。
「私も噂で聞いて」
「あれだな、出所はきっと、木戸(きど)先生だな。あのおしゃべり野郎……」
 先生はブツブツと言いながら下唇をつまむ。木戸先生は新任の男の先生で、少し天然なところがあるから疑われているのだろう。
「その話ね、先月までは合ってたんだけど、ここにきて保留中なんだよね」
「え?」
「まぁ、大人の事情っていうか、相手に急に海外勤務の話が持ち上がって……。て、これは内緒ね。ここまで話したのは荘原さんにだけだわ。荘原さん、なんか落ち着いてるから普通に喋っちゃう」
「そ……そうなんですね。わかりました」
 私は驚いた顔のままで、ゆっくり頷いた。そして、横目でちらりと九条先輩を見る。彼はまだ、フェイントの仕方について実演で教えているところだった。
「揉めててさー。国内の遠恋でさえ連絡取り合って関係保つのが煩わしかったのに、なんかもう面倒くさくなってきちゃった」
「先生、女性なのに結婚が面倒くさいなんて……」
「私の性格知ってるでしょ? ゴタゴタしたりウジウジしたりするの、性に合ってないのよ」
 生徒の私にはそんなところを見せたくないのだろうけれど、先生は悩んでいるそぶりなどまったく見せずに、軽く鼻を鳴らす。
「やっぱり近くにいる人がいいよ、荘原さんみたいに。敦也は性格も太鼓判押せるし、見る目あるわ」
「あ……」
先生が笑ったから私も一緒に笑ったけれど、胸の内の靄が深まった気がして、小さく動揺していた。
 九条先輩とは、本当は付き合っていないんですよ。