「先輩は……なんでうちの部のコーチを引き受けたんですか?」
 間が持たなくて、新たな話題を振ってみる。すると、先輩は「あぁ」と体を後ろに倒して手で支えながら天井を見た。
「あれだね、やっぱり膝の故障」
「……ごめんなさい、また迂闊に」
「あのさ、そういうふうにすぐ謝る癖やめたほうがいいよ? 言ったじゃん、気を使うことで気を使わせてるって」
「すみま……はい、わかりました」
 また謝りそうになり、唇をキュッと結ぶ。仕方がない、こういうタチなんだから。
「実を言うと、怪我をして医者にバスケは遊び程度までしかできないって言われたんだけど、でもそれでも信じきれなくて、周囲にはそれを内緒にしたまま、ひと月後に無理して試合に出たんだ」
「……え?」
 向こうのコートではおばちゃんたちが盛り上がっているけれど、ここだけ音が消えたようになった。先輩は、天井を見上げたままだ。
「それで、全力出したら結局ダメで、痛すぎて途中退場してまた病院行って、案の定医者に怒られた。親も来て、無茶なことをするなって泣かれた。そこから、あぁ本当に無理なんだなってわかって、自暴自棄期間突入」
「…………」
 それはどんな期間だったのか、なんて聞けなかった。私は小さく相槌を打つと同時に、生唾を飲む。
「でも、それを聞きつけた千早が、俺のひとり暮らしのマンションを親に聞いて、訪ねてきたんだ」
 先輩は、そのときのことを思い出したのか、ふっと笑った。
「そんで、喝を入れられた。腐るな、って。バスケ以外にもいろんな選択肢があるし、バスケから離れたくなければ、それに関われる仕事でもボランティアでも、探せば何だってあるって」
「…………」
「で、ちょっと考えて、できればバスケとはこれからも関わっていきたいって話をしたら、とりあえずうちの高校のバスケ部のコーチしろ、って半ば強制的に言われて今に至る」
「そうだったん……ですね」
 先輩の顔は、切なげにも優しく見えた。そのときの彼の気持ちが伝わってくるようだ。
「高校卒業して以来全然会ってなかったのに、千早のやつあいかわらずだった。強引だわ、大口開けて笑うわ、中身は男で熱血だわで」
「ハハ、たしかにそうですね」
 そういうところが好きなんだ、と聞こえてきそうだった。九条先輩は、藍川先生の明るさと前向きさに励まされ、引っ張り上げられたのだろう。