「……はい。ていうか先輩も本当に膝を痛めてるんですか?」
「こんなハンデだらけの動きじゃ、平気に決まってる」
「すごい嫌味ですね、それ」
 持ってきていた水筒の麦茶を半分ほどがぶ飲みした私は、まだ整わない息を大きく吐く。たしかに先輩は、汗ひとつかいていない。私はしっとりと濡れてしまった額と前髪をタオルで拭きながら、
「はー……でも、楽しい」
 と笑った。
 そう、めちゃくちゃ楽しかった。発作が出るような予兆なんて感じず、途中はそんな心配が頭をよぎることもなかった。ボールを取りたい、シュートしたい、点を取りたいが心の中を満たしていた。
もちろん体は思うようには動かなかったけれど、床から伝わるドリブルの振動、キュッキュッと響くバッシュのスキール音、先輩との間合いや駆け引き、それら全部がコート外で感じるものとは段違いで、当たり前だけれどリアルだ。ちゃんと、自分が主人公だと感じられた20分だった。
「出る? 試合」
「いえ、それとこれとは別問題で……」
「なんで?」
「こんなんじゃ、ただみんなの足を引っ張るだけだし」
「たぶん、そんなに求めないし期待しないよ」
 その言葉に少しムッとしてしまった私は、
「わかってますけど、出るからにはちょっとでも貢献したいというか、役に立ちたいんです」
 と言い返す。
「やっぱり、真面目。いや、ちょっと違うか」
「なんですか?」
「うーん、スタートラインで無駄な足踏みしてる感じ?」
「よくわかりません」
 少し口を尖らしてそう言うと、先輩は鼻で笑ってペットボトルのスポーツドリンクを飲んだ。ゴクゴクと音が響いて聞こえ、私は先輩の喉元を見る。そこから体全体を見て、急にまた男の人とふたりきりだということを意識してしまった。九条先輩が大きいのは、今始まったことじゃないというのに。
「えっと……それに長時間試合しても大丈夫かどうか、まだ判断できないし」
 目を前に戻した私は、話を続ける。
「まぁ、それはそうだな」
「そうです」
 ペットボトルを置いた先輩の手が、偶然ちょんと私の小指をかすめた。私は、それに気付かなかったふりをして、体育座りをしている膝の上に手を置く。ようやく落ち着いてきた心拍が、また跳ね上がった気がしたからだ。
バス停では当たり前のように手をつないでいるというのに、土曜日の昼下がりという時間帯のせいだろうか。