私が口元を押さえながら言うと、先生が、
「そうなんだよねー」
 と頭をかく。
「ていうかさ、荘原さん、試合の日だけでも出られないかな? ルールも熟知してるし、みんなとの結束力もあるわけだし、ピンチヒッターとして適任だと思うんだけど。無理?」
「あ……」
 急な提案に、私は返す言葉が出ない。横で頬杖をついている九条先輩が、ちらりとこちらを横目で見たのがわかった。さっき、体育館でバスケをしたことが思い出される。きっと、先輩も同じことを思い出しているのだろう。
できないことはないんじゃないか。そう言われているような気がして、私はゴクンと唾を飲みこんだ。たしかに、さっき本当に楽しかった。シュートを決めたときの手の感覚、体育館の空気が澄み渡ったような音、そして胸の高鳴りが、鮮明によみがえってくる。
 でも……。
「か……考えさせてください」
 私の口はそう動いていた。わずかに唇が震え、私の手はまた、あのハリネズミのストラップを探る。バッグから取り出してぎゅっと握り、聞き取られないように息を細く長く吐く。
「あぁ、そうだった。荘原さん、体が弱いんだったね。クラスマッチとか、体育の球技とかも休んでるんだったっけ」
「はい……すみません」
「ごめんごめん、こっちこそ気軽にお願いしちゃって。無理なら、かまわないよ。気にしないでね」
 先生の言葉にゆっくり頷くと、やはり九条先輩からの視線を感じた。目を合わせると、腕組みをしながらシートに体を預けている先輩が、ちょっと意味深な表情をしている。私は何か言われるのが嫌で、ふいっと顔を車窓へと背けた。
 窓に付いたいくつもの雨粒が、玉になっては風で伝い流れていく。生き物のようなその様子を暗がりに見たあとで、窓にぼんやりと映る自分の顔へとピントを合わせた。
 眉を下げた自信のない表情に、ほんの少し笑みを足したその顔は、どうしようもない空気を繕おうとする顔。本音を自分にも見えないように隠して、気にしていないふりをする、私のお決まりの顔だ。
「俺がちょっと練習に付き合ってみて、大丈夫そうなら試合出すよ」
 そのとき、そんな言葉が3人の真ん中に置かれて、私はパッと顔を戻した。九条先輩の言葉に、藍川先生が、
「マジ?」
 と声のトーンを上げる。
「まぁ、他に出てくれそうな人が見つからなかったときのための保険としてだけど。無理ない程度の動きで邪魔にならないようにするなら、大丈夫だろ」
「あの、先輩、私……」
 話を進める先輩に、私はいっそう強くストラップを握りしめる。勝手に決めないでほしい。
「体力の消耗が激しかったり発作が出そうになったりしたら、即やめさせるから」
 先輩の手が、ストラップを握る私の手を覆った。つなぎ慣れている手はいつものように大きく少しひんやりしていて、私の動揺をちょっとは落ちつかせてくれる。でも、不安はぬぐいきれない。
「じゃあ、とりあえずお試しということで、荘原さん、いい? 敦也と手慣らししてみて、やっぱり無理だってことなら、断ってもいいから。で、もしいけそうなら、今度の練習試合に人数合わせで出てもらうということで」
「えっと……」
「マネージャー業務は、私含めみんなで協力してさせるから、心配しないで。あんまり走らず、パスをつないでくれるだけでいいし」
 藍川先生が、運転しながら「ね!」と押してくる。もともと熱い先生だから、私が首を縦に振らない限り車から降ろしてくれなさそうだ。
 私は観念して、
「はい……約束はできないですけど、とりあえずできそうかどうか試してみます」
 と頷いた。頷きながら、この流れをつくりだした九条先輩を横目で見る。先輩はふてぶてしい腕組みの姿勢のまま、同じように私を見た。ちょっとだけ笑っているようにも見える。
「……練習っていったって、いつするんですか?」
「恋人なんだから、週末にデートがてら?」
「恋び……」
 恋人なんて名目上じゃないか。バスを待つまでの15分間だけの関係のはずなのに。それに、先輩は今目の前にいる藍川先生のことが好きで、彼女を守るだけに装っているはずなのに。
 そんな私の気持ちはよそに、藍川先生は「ハハッ」と笑った。
「いいな、10代の恋愛は爽やかで」
「まぁ、終始爽やかかどうかはわからないけど」
「こら、健全な交際を努めてよ? 一応、敦也はコーチなんだから」
 笑っていいのかどうなのかわからないような冗談。私はふたりの会話に複雑な気持ちになりながら、口を開けたり閉めたり百面相をしていた。
 家に着いた頃には、雨は小降りになっていた。傘を差さなくても大丈夫なくらいで、私はお礼を言って、そのまま車を降りようとする。
「先生、ありがとうございました」
「いえいえ、じゃあまた来週ね」
「あ、そうだ」
 けれど、九条先輩に腕を引かれ、耳元で「スマホ貸して」と言われる。
「…………?」
 言われるがままスマホを渡すと、先輩は手早く私のメッセージアプリに自分の登録を済ませる。そしてスマホを私に返すも、そのまま自分のスマホで操作を続ける先輩。
「どうしたの?」
 藍川先生が振り返って私たちを見たとき、返された私のスマホにメッセージが届く。
『下の名前、なに?』
 私はすぐ返信すべきだと圧を感じ、
『澪佳』
 と短く返した。互いに鳴る通知音に、藍川先生は首を傾げたままだ。
「じゃーな、澪佳。連絡するから」
「…………」
 九条先輩から呼び捨てで名前を呼ばれたことで、私の心臓は一瞬跳ねた。そういえば、今までずっと“あんた”か“マネージャー”呼びだった。
「……うん、わかった。じゃあね、あ……先輩」
 ここは、こちらも“敦也”と呼ぶべきだったのだろうか。でもどうしてもそんな勇気は出ずにそう言って手を振った私は、慌ててドアを閉めた。先輩の顔を見るのが恥ずかしかったというのもある。
 ふたりの乗る車が、すでに霧のような雨の中を走っていく。そのライトが見えなくなるまでたたずんでいた私は、ようやく大きく息を吐ききり、額を押さえた。
 そして、とぼとぼと家の玄関へと向かいながら、
「……なんか、いろいろ……どうしよう」
 と、呟いたのだった。
翌日土曜日の昼下がり、私と九条先輩は地域公共の総合体育館に来ていた。昨夜、先輩から、
『明日14時、総合体育館に集合』
 と、デートのお誘いには程遠い業務命令のようなメッセージがきたからだ。
「昨日の今日で、急すぎませんか?」
「日曜は大会やら行事やらで、体育館使わせてもらえないことが多いから」
「いえ……曜日の話ではなくて……」
 指示されたとおりストレッチをしながら、うなだれる。先輩は、午前中にコートを予約してくれていたらしい。
 体育館では、少し離れたコートで10人くらいの中年女性たちが、ソフトバレーにいそしんでいる。サークル活動だろうか、同じユニフォームで活気がすごい。私たちの他にはその団体だけのようだ。
 それにしても……。
 すでにストレッチが終わって、軽くドリブル練習をしている九条先輩を見る。
疑似交際の件にしても、お試しで私のバスケの面倒を見ることになった件にしても、先輩はわりと強引だ。そして、どちらも……。
「藍川先生を困らせたくないから、か……」
「何か言った?」
 私の呟きを拾った先輩に、「いえ」と返す。
どれだけ“千早”が大事なんだろう。もしかして、高3のときにめちゃくちゃバスケを頑張っていたのも、先生のためだったり、先生にかっこいいところを見せるためだったりしたのだろうか。
そんなことを思ってしまい、少しモヤモヤした気持ちになる。
「あのさ、一応確認しておきたいんだけど、一番直近では、いつ発作が出たの?」
 ストレッチが終わって伸びをしていたとき、先輩にそう言われ、
「中3の運動会です。発作というか……息苦しさで倒れました」
 と答える。そんなに前なの?という顔をされるのが見たくなくて、私は体育館の床に視線を落とす。
「どんな状況で?」
「……本番当日、学年全員参加のクラス対抗リレーで……私は最後から3番目くらいだったんですけど」
 話しながら、じわりと冷汗が出てきた。思い出したくない過去だからだ。
「バトンを次の人に渡す直前で息ができなくなって、うずくまるように転んでしまったんです。だから、もちろんうちのクラスはビリで……」
「それはべつにいいんだけど、そのあと病院行ったの?」
「はい、しばらく保健室で休んでいたら息苦しさも落ち着いたんですけど、念のために親に連れられて行きました。そしたら、この前話したとおり、お医者さんも首を捻って……」
「あぁ……」
「術後の原因不明の発作は、小学5、6年のときにバスケの試合で数回、中学に上がったらバスケはやめたけど、その中3のとき含めて、体育とか球技大会、運動会で2、3回ありました」
 そのときのお医者さんの顔が脳裏によみがえる。小さいときからずっと担当してくれていて、小学4年生のときに手術をしてくれたお医者さん。完全に成功したし、健康体にしてくれたはずなのにそんなことが続いて、少し不機嫌そうにも見えたことを覚えている。
 まるで私が嘘をついているかのような目で見られて嫌だったし、お母さんもバツが悪そうで申し訳なかった。
「じゃあ、とりあえず3年近くは大丈夫だったんだ?」
「大丈夫というか……中3までのことがあって両親とも話し合い、もう無理しなくてもいいんじゃないか、って結論を出したんです。また同じことが起こるといけないから、体育では激しい運動を避けて、部活動ももしやりたければ、文化系とかマネージャーをすればいいね、って。それで、バスケのマネージャーを選びました」
 そこまで話すと、バスケットボールが小さな弧を描いてふわりとパスされた。キャッチして先輩を見ると、
「了解。ありがと」
 と言われる。
「じゃあ、まずはこの前と同じように1対1でゲームしよう」
「え……」
「苦しくなったら自分で言って。俺は澪佳じゃないし、苦しさを判断できないから」
「あ……はい……」
 少し拍子抜けしてしまった。今の話を聞いてなにかしら意見されるかと思っていたからだ。でも、先輩は過去の事実だけを聞いただけで、同情もしなければ、喝を入れることもしなかった。
「昨日は3割の力で点を取られてやったけど、今日は4割の力で完封する」
 そんな大人げないことを言って、ディフェンスの体勢を取っている。私はそんな先輩に少し噴きだしてしまい、
「5割は出してくださいよ」
 とドリブルをはじめた。
 20分ほど続けてプレイした私は、「ちょっと休憩を」と息を切らして座りこむ。結局、1点も取れていなかった。昨日短時間やったときとは比べものにならない疲労感だ。
「出ないじゃん、発作」
 九条先輩も、私の隣に座って体育館の壁にもたれる。
「……はい。ていうか先輩も本当に膝を痛めてるんですか?」
「こんなハンデだらけの動きじゃ、平気に決まってる」
「すごい嫌味ですね、それ」
 持ってきていた水筒の麦茶を半分ほどがぶ飲みした私は、まだ整わない息を大きく吐く。たしかに先輩は、汗ひとつかいていない。私はしっとりと濡れてしまった額と前髪をタオルで拭きながら、
「はー……でも、楽しい」
 と笑った。
 そう、めちゃくちゃ楽しかった。発作が出るような予兆なんて感じず、途中はそんな心配が頭をよぎることもなかった。ボールを取りたい、シュートしたい、点を取りたいが心の中を満たしていた。
もちろん体は思うようには動かなかったけれど、床から伝わるドリブルの振動、キュッキュッと響くバッシュのスキール音、先輩との間合いや駆け引き、それら全部がコート外で感じるものとは段違いで、当たり前だけれどリアルだ。ちゃんと、自分が主人公だと感じられた20分だった。
「出る? 試合」
「いえ、それとこれとは別問題で……」
「なんで?」
「こんなんじゃ、ただみんなの足を引っ張るだけだし」
「たぶん、そんなに求めないし期待しないよ」
 その言葉に少しムッとしてしまった私は、
「わかってますけど、出るからにはちょっとでも貢献したいというか、役に立ちたいんです」
 と言い返す。
「やっぱり、真面目。いや、ちょっと違うか」
「なんですか?」
「うーん、スタートラインで無駄な足踏みしてる感じ?」
「よくわかりません」
 少し口を尖らしてそう言うと、先輩は鼻で笑ってペットボトルのスポーツドリンクを飲んだ。ゴクゴクと音が響いて聞こえ、私は先輩の喉元を見る。そこから体全体を見て、急にまた男の人とふたりきりだということを意識してしまった。九条先輩が大きいのは、今始まったことじゃないというのに。
「えっと……それに長時間試合しても大丈夫かどうか、まだ判断できないし」
 目を前に戻した私は、話を続ける。
「まぁ、それはそうだな」
「そうです」
 ペットボトルを置いた先輩の手が、偶然ちょんと私の小指をかすめた。私は、それに気付かなかったふりをして、体育座りをしている膝の上に手を置く。ようやく落ち着いてきた心拍が、また跳ね上がった気がしたからだ。
バス停では当たり前のように手をつないでいるというのに、土曜日の昼下がりという時間帯のせいだろうか。
「先輩は……なんでうちの部のコーチを引き受けたんですか?」
 間が持たなくて、新たな話題を振ってみる。すると、先輩は「あぁ」と体を後ろに倒して手で支えながら天井を見た。
「あれだね、やっぱり膝の故障」
「……ごめんなさい、また迂闊に」
「あのさ、そういうふうにすぐ謝る癖やめたほうがいいよ? 言ったじゃん、気を使うことで気を使わせてるって」
「すみま……はい、わかりました」
 また謝りそうになり、唇をキュッと結ぶ。仕方がない、こういうタチなんだから。
「実を言うと、怪我をして医者にバスケは遊び程度までしかできないって言われたんだけど、でもそれでも信じきれなくて、周囲にはそれを内緒にしたまま、ひと月後に無理して試合に出たんだ」
「……え?」
 向こうのコートではおばちゃんたちが盛り上がっているけれど、ここだけ音が消えたようになった。先輩は、天井を見上げたままだ。
「それで、全力出したら結局ダメで、痛すぎて途中退場してまた病院行って、案の定医者に怒られた。親も来て、無茶なことをするなって泣かれた。そこから、あぁ本当に無理なんだなってわかって、自暴自棄期間突入」
「…………」
 それはどんな期間だったのか、なんて聞けなかった。私は小さく相槌を打つと同時に、生唾を飲む。
「でも、それを聞きつけた千早が、俺のひとり暮らしのマンションを親に聞いて、訪ねてきたんだ」
 先輩は、そのときのことを思い出したのか、ふっと笑った。
「そんで、喝を入れられた。腐るな、って。バスケ以外にもいろんな選択肢があるし、バスケから離れたくなければ、それに関われる仕事でもボランティアでも、探せば何だってあるって」
「…………」
「で、ちょっと考えて、できればバスケとはこれからも関わっていきたいって話をしたら、とりあえずうちの高校のバスケ部のコーチしろ、って半ば強制的に言われて今に至る」
「そうだったん……ですね」
 先輩の顔は、切なげにも優しく見えた。そのときの彼の気持ちが伝わってくるようだ。
「高校卒業して以来全然会ってなかったのに、千早のやつあいかわらずだった。強引だわ、大口開けて笑うわ、中身は男で熱血だわで」
「ハハ、たしかにそうですね」
 そういうところが好きなんだ、と聞こえてきそうだった。九条先輩は、藍川先生の明るさと前向きさに励まされ、引っ張り上げられたのだろう。
 先輩は顔を戻し、まっすぐに前を向いていた。正面の一番奥の壁には、バスケットボールのリングゴールが見える。
「今は……先生とかコーチとか指導する立場の仕事や、スポーツ医学関係の仕事に就きたい、ともちょっと思ってる。千早に少しそんな話をしたら、いろんな関連本を貸してくれて、なんか俺より張り切ってる」
「そうなんだ……」
 本の貸し借りをしていたのは、それだったのか。
「体のメンテナンスとか、そのスポーツに対する効率的な体の鍛え方とか、あと、本番で十分力を出せるような脳科学的なものとか栄養学、精神面のバックアップなんかも学んでいきたいし、資格も取れるものは取りたいと思ってる」
 すごい……具体的にしっかり将来設計を考えてて、しかも人の役に立とうとしてて……なんか、かっこいい。
「お……応援します!」
 思わず拳に力が入り、私は翻った声でそう言ってしまった。すると、先輩が目を丸くして、「ハハッ」と笑った。その爽やかな声と顔が、私の脳にしっかりと刻まれる。
「ていうか、なんか熱く語りすぎた。澪佳にだけしか言ってないから、これ、内緒で」
 “内緒”という響きも、昨日から呼ばれている私の下の名前も、なんだか特別な響きを持って聞こえた。いつの間にか乾いていた汗。風がサアッと体育館内を駆け抜け、私と先輩の前髪が揺れる。
「母校のバスケ部も澪佳も、俺の職場体験ということで」
 立ち上がって伸びをした先輩。ただでさえ高身長なのに、伸びをして大きくなった影にすっぽりはまってしまう。
 先輩は、そんな私に手を伸ばし、
「よろしく」
 と上から言った。
「よ、よろしくお願いします……わっ!」
 おずおずと手を伸ばした私は、ぎゅっと掴まれたかと思うと、引っ張り上げられて立ち上がる。ふわっと浮いたような感覚に瞬きをしていると、
「てことで、練習再開」
 と先輩が笑った。
 土曜日の先輩は、よく笑う気がする。そんなことを思いながら、私は、
「はいっ」
 と返事をしたのだった。



「ねぇねぇ、荘原さんて、九条先輩とどんな感じなの?」
 月曜日の部活中、体育館の外の水道で洗い物をしていると、珍しく根津さんが話しかけてきた。今、女バスは休憩中らしい。
「どんな感じって……」
「ほら、火曜日と金曜日に先輩来てくれてるけど、やっぱり部活中だしみんなの目があるから、ふたりでそんなに喋ってないでしょ? それに、九条先輩の指導は的確だけど厳しいし、あんまり笑ったところ見たことないから、ふたりのときはどんな感じなのかなーって思って」
 たしかにそうだ。もともとクールなイメージだし、少し物腰が柔らかくなったものの、みんなの前であまり多くを語ったり笑顔を見せたりする感じでもない。この前の土曜日は、ちょっと違ったけれど……。
「けっこう話もするし、笑ったり……してくれる、よ?」
 なぜか大いに照れてしまい、しどろもどろになってしまう。けれど、根津さんは顔をほころばせて、
「わー! そうなんだ、やっぱり彼女には優しいんだね。なんか、噂だけ大きくなって、本当のところどうなんだろうって思ってたけど、ちゃんと付き合ってる感じで素敵」
 と、褒められてるのか失礼なのか、よくわからないことを言った。
「ハ……ハハ」
 北見さんとはまた違う性格の根津さんは、ちょっと恋愛脳というか、ロマンチストっぽいところがある。顔も中身も“女の子”という感じで、こういう子がモテるんだろうな、と思ってしまう。
「デートとかもしてるの?」
「あぁ、うん。この前は総合体育館に行って……」
 そこまで言って、ハッとして手を止める。案の定、根津さんは、
「体育館? ……で、なにしたの?」
 と尋ねてきた。まだ、後藤さんの転校のことも、私が代打をして大丈夫か先輩とバスケをして確認していることも、誰にも言っていない。だから、慌てて誤魔化す。
「先輩のバスケを見てただけ」
「そうなんだー、すごいね! 休みの日までバスケなんて。そりゃ、あんなに上手なわけだよね」
 根津さんは感心したように深く頷く。九条先輩は、膝を故障したことを公には言っていない。男バスの何人かにはもしかしたら気付かれているのかもしれないけれど、根津さんたちは知らないようだ。
 土曜日に先輩に聞いた話がよみがえってきて、少しだけ胸が痛んだ気がした。
「ボトル、半分持つよ」
 洗い物が終わると、根津さんが、いくつものボトルが入ったカゴのひとつを持ってくれる。私はハンドタオルで手を拭き、
「ありがとう」
 と微笑んだ。
「あれ? なにか落ちたよ? キーホルダーかな?」