「まぁ、他に出てくれそうな人が見つからなかったときのための保険としてだけど。無理ない程度の動きで邪魔にならないようにするなら、大丈夫だろ」
「あの、先輩、私……」
 話を進める先輩に、私はいっそう強くストラップを握りしめる。勝手に決めないでほしい。
「体力の消耗が激しかったり発作が出そうになったりしたら、即やめさせるから」
 先輩の手が、ストラップを握る私の手を覆った。つなぎ慣れている手はいつものように大きく少しひんやりしていて、私の動揺をちょっとは落ちつかせてくれる。でも、不安はぬぐいきれない。
「じゃあ、とりあえずお試しということで、荘原さん、いい? 敦也と手慣らししてみて、やっぱり無理だってことなら、断ってもいいから。で、もしいけそうなら、今度の練習試合に人数合わせで出てもらうということで」
「えっと……」
「マネージャー業務は、私含めみんなで協力してさせるから、心配しないで。あんまり走らず、パスをつないでくれるだけでいいし」
 藍川先生が、運転しながら「ね!」と押してくる。もともと熱い先生だから、私が首を縦に振らない限り車から降ろしてくれなさそうだ。
 私は観念して、
「はい……約束はできないですけど、とりあえずできそうかどうか試してみます」
 と頷いた。頷きながら、この流れをつくりだした九条先輩を横目で見る。先輩はふてぶてしい腕組みの姿勢のまま、同じように私を見た。ちょっとだけ笑っているようにも見える。
「……練習っていったって、いつするんですか?」
「恋人なんだから、週末にデートがてら?」
「恋び……」
 恋人なんて名目上じゃないか。バスを待つまでの15分間だけの関係のはずなのに。それに、先輩は今目の前にいる藍川先生のことが好きで、彼女を守るだけに装っているはずなのに。
 そんな私の気持ちはよそに、藍川先生は「ハハッ」と笑った。
「いいな、10代の恋愛は爽やかで」
「まぁ、終始爽やかかどうかはわからないけど」
「こら、健全な交際を努めてよ? 一応、敦也はコーチなんだから」
 笑っていいのかどうなのかわからないような冗談。私はふたりの会話に複雑な気持ちになりながら、口を開けたり閉めたり百面相をしていた。
 家に着いた頃には、雨は小降りになっていた。傘を差さなくても大丈夫なくらいで、私はお礼を言って、そのまま車を降りようとする。