自分でも曖昧なのだけれど、発作が出そうなときは、なんとなくわかるんだ。そういう予兆を感じるときは、体にブレーキがかかる。自己防衛本能なのかもしれない。
逆に大丈夫なときもわかる。モコの散歩のときも、さっき先輩と1対1をしたときも、大丈夫だとどこか確信めいたものがあった。
お母さんには言っていないけれど、実を言うと、モコの散歩のときには毎回走っているし……。
「あー、いたいた。お待たせ。今から送るから出てきてー」
 そのとき、体育館の入口から藍川先生が顔を出して私たちを呼んだ。その声でふっと空気の緊張の糸が緩み、話が中断される。そして、先輩は倉庫へボールを片付けに、私は部室へ鍵をかけに走った。
 バッグを手にしてストラップを取り出した私は、それをぎゅっと握って息をつく。そして、先生へと向かい、
「すみません。よろしくお願いします」
 と笑顔でそう言った。

「ここ右折って言ったっけ? 荘原さん」
「はい、そうです。それからしばらく道なりで、郵便局が見えたら、そこの次の筋を左にお願いします」
「はーい、郵便局ね」
 藍川先生がウィンカーを出し、私の家へと向かってくれる。いくぶん雨も落ち着いてきて、なんだか申し訳ないなと思いながら、
「お願いします」
と繰り返して頭を下げる。
 先生に言われ、私と九条先輩は後部座席に並んで座っていた。車には陽気な洋楽が小音量で流れていて、先生は鼻歌まじりに運転している。
「ていうか、ホント意外だったわ。まさか、荘原さんと敦也が……」
 ルームミラー越しにこちらへ喋りかけ、
「おっと、ごめん。九条、九条」
 と、慌てて舌をペロッと出して言い直した先生。すると、九条先輩が呆れたように口を挟む。
「マネージャーは知ってるよ、千早と俺のこと」
「え? マジ? そっか、彼女だもんね」
 部活のときとはまったく違うふたりの空気に、私はそわそわした。そして、“彼女”と言われることにも慣れず、どんな顔をしたらいいのか困る。
「ていうか、お互い“マネージャー”と“先輩”呼びなの? 下の名前で呼ぶのはふたりのときだけ?」
「千早、そういう質問、オヤジ臭い」
「だって、なんかよそよそしいからさぁ。あ、ていうか、敦也。この前も言ったけど、荘原さんは3年で受験生なんだから、ちゃんと本業優先させるように。部活中も節度のある交際を……」