たしかに全然違う。その証拠に、うまくできたと思った途端、ボールが手から離れていた。九条先輩に取られたのだ。そして、そのまま一気にシュートを決められる。
「…………」
 私は、毎日片付けでボールに触れているというのに、それとは全く違う感覚の残った手を見た。ピリピリとした重い感じが手のひらから腕を伝い、心臓まで届いているかのようだ。さっき、たしかにボールと一緒に私の心も弾んでいた。見るのとやるのじゃ、興奮も段違いだ。
「も、もう一回……」
 気付けば、私はそう言っていた。九条先輩は、何も言わずにまたボールをパスしてきて、私優位にゲームを始める。
もう、大きな雨音も聞こえなくなっていた。何度もミスしたり取られたりしつつも、ひとつのボールを追いかける楽しさに夢中になる。そして、最後になってようやく、私はスリーポイントシュートを決めることができた。
「……やった!」
 入った……。その声は、声になっていなかった。久しぶりにこんなに息が切れているからだろう。それよりなにより、嬉しさが半端ない。リングネットにボールが入った気持ちいい音が、何度も耳にこだましている。
「やっぱり、いいフォームじゃん」
 全然息の切れていない余裕そうな九条先輩が、私のシュートフォームを真似て言ってきた。私は、瞬きを繰り返しながら、なんて言ったらいいのかわからずにたたずむ。“やっぱり”が2年前にかかっていることに気付いたからだ。
 それよりなにより、自分の心臓の音がこんなにけたたましく打っているなんて、いつぶりだろうか。体を動かすことがこんなに面白かったのも、いつぶりだろうか。
「やればいいのに、部員として」
 先輩にそう言われたことで、耳に大雨の音が戻ってきた。コート内だけのキラキラした世界だったのが、薄暗いいつもの体育館に元通り。急に現実に戻されたかのようだ。
私は胸に手をあてて息を整えながら、
「……いえ、それは無理です」
 と答えた。
「もう3年で、今さらっていうのもあるし、それに……」
「“体が弱いから”? だったっけ?」
「……はい」
「今、めっちゃ動けてたのに?」
 九条先輩はそう言って、ポンと一回ボールをバウンドさせた。その音が体育館の隅々にまで反響したことで、急にこのだだっ広い空間にふたりきりだということを意識させられる。バス停でのふたりきりとは、空気が違っていた。