「じゃあ、手、つなぎなおす?」
「…………」
 差し出された手を見ながら無言でいると、またもや小さく噴きだされ、
「いいよ、今日はもう」
 と言われた。やはり、お見通しだ。私は照れ隠しで、ほんの少し口を尖らせる。
「そういえば、千早にも噂届いたみたい」
 すると、先輩が思い出したかのようにそう言い、ベンチにのけぞった。
「そうなんですか?」
「うん、今日、釘を刺された。一応コーチなんだから、節度のある交際をしろって」
「節度……」
 節度もなにも、本当に交際していないのだから、手つなぎ以上に進展しようもないのだけれど。
 そんなことを思いながら先輩の顔を見ると、なんだか少し覇気がないように思えた。そして同時に、九条先輩が藍川先生へとたまに向けている、あの優しい眼差しを思い出す。
 そういえば、先輩は、藍川先生のためにこんなことをしているんだったっけ。藍川先生が大事だから、彼女が白い目で見られないように。
 でも、それって……。
「あの……九条先輩って、もしかして藍川先生のこと……」
「あ、バス来た」
 九条先輩が声を出したその絶妙なタイミングに、うまくはぐらかされた感がぬぐえない。私は鼻でため息をつき、バッグを肩にかけながら立ち上がる。そして、
「ホントにいいんですか? 誤解されたままで」
 と、さっき先輩にされた質問をし返した。
すると、先輩がふわりと笑った。それは今までとは違う、心を許したような顔に見えた。
「いいんです」
 バスのエンジン音にかき消されそうだったその返事を聞き、私は互いの秘密を共有したような気持ちになった。核心的なことは言っていないけれど、きっと、私の予想は当たっているし、私の気持ちも先輩にはバレている。
「……それじゃ、おつかれさまです」
「じゃーね」
 バスに乗りこみ、席に座った私は、先輩との関係を思った。
それぞれ他に好きな人がいるのに、バス停で15分間手をつないで会話するという、妙なパートナーシップ。そして、気持ちの成就を考えていないという共通点。
「……なんなんだろう、ホント」
 このへんてこな関係に、私はふっと笑ってしまったのだった。