押しの強い北見さんに、私は思わず口を開いて制止した。そして、自分でも驚くほど流暢に嘘をつく。
「実は、私の好きな人、九条先輩なの」
「……えっ?」
 北見さんは、ぎょっとした。口走ってしまった私は、すでに乗りかかった舟だと、生唾を飲んで覚悟を決める。
「ていうか、九条先輩と付き合ってるのって、私なんだよね」



「展開、早……」
 次の日、火曜日のバスの待ち時間。バス停に着いていつもどおりベンチの端っこに座った途端、先に座っていた九条先輩がぼそりと呟いた。組んだ足で頬杖をつきながらこちらを見ている先輩に、私は「ハハ……」と力なく笑う。
 今日の帰り際、女バスの数人が九条先輩に何やら尋ねに行っているのが見えた。先輩のこのご様子を見るに、きっと、私と付き合っているのは本当なんですか、とかなんとか聞かれたのだろう。
「これは……“すみません”て言うところでしょうか?」
「……いや、ドウモアリガトウ」
 めちゃくちゃ棒読みで不本意そうだ。そうだろう、もともと九条先輩は女子たちのそういうノリが嫌いっぽいからだ。でも、藍川先生のために疑似交際を始めたら、遅かれ早かれこうなっていた。だから、必死で女子高生のひやかしにも耐えたのだろう。
 私だって、言ってしまった後で自分で自分に驚いた。でも、咄嗟に一石二鳥だって気付いてしまったんだ。これで、私は政本君のことは何とも思っていないと、北見さんにも根津さんにも証明できたはずだからだ。
 目の前を、いつものように他の部活帰りの生徒たちが通り過ぎていく。それをぼんやり見送った先輩は、ちょっと考えるような仕草をして、
「こっち来れば?」
 と言った。
「え? なんでですか?」
「付き合ってるなら、こんなに離れてるのおかしいから」
 たしかに、人ふたり分離れているこの距離は、恋人同士としてはおかしい。でも、なぜ私が寄らなければいけないのだろうか。先輩が立ってこっちにくればいいのに。
「……はい」
 でも、そんなことは言えない。いまだに先輩に対して恐れ多いという気持ちが抜けないからだ。
 先輩の隣に座りなおした私は、もっとそれを意識することになった。背が高いということはもちろん、九条先輩独特のオーラというか圧を間近に感じるからだ。肩が触れそうな距離感に、怖さと恥ずかしさ二種類の緊張がないまぜになる。