「なんかね、ふたり、付き合ってるらしいよ。九条先輩が高2のときに藍川先生から手を出して、大人の関係が始まったんだって。本当かな?」
 北見さんは、わざとらしく藍川先生へちらりと視線をやった。リングの下にいる先生は、男バスの数人と話をしている。その無邪気で楽しそうな様子からは、“手を出す”だの“大人の関係”だの、まったく似つかわしくない。
 私は尾ひれの付きまくっているその噂に、額を押さえてうなだれるほかなかった。今、北見さんにだけ“それは違う”と説明することにどれだけの意味があるのだろう。というか、私が説明する信憑性自体も薄い気がする。
と、そのとき。
「荘原、はい!」
 反対方向から、なにか冷たいものを頬に押し当てられる。見ると、政本君がレモンティーの缶ジュースを持っていた。
「リストバンドのお礼」
 そう言って私に手渡した彼は、爽やかに去っていく。
「…………」
 一瞬、ポーッとして彼の後ろ姿を見つめてしまっていた。だって、本当に嬉しかったからだ。
「なんか、青春て感じ……」
 けれど、すぐ横でそう呟いた北見さんの言葉にハッと我に返った。べつに非難されたわけじゃないのに、責められたような気持ちになる。そして、ちらりと根津さんを確認し、こちらを見られていなかったことに安堵した。
 だから、なんで私がこんな申し訳ない気持ちにならなきゃいけないんだ。
「なんていうか、政本って罪作りなヤツだよね。真梨香もああいう優しいところにコロッていったみたいだし」
「え? あ、あぁ……ハハ」
「荘原マネもあんなことされたら、好きになっちゃうじゃんね?」
 ……なんだろう。もしかして北見さんも政本君のことが好きなんじゃないかと疑ってしまいそうな牽制だ。悪気はないのだろうけど、好きになるなと言われているみたいで動悸が激しくなる。
「な、ならないよ。なるわけない。ほら、私、他に好きな人がいるし」
「そっか、そうだったよね」
「そうだよ、ハハ」
 私は、ここ最近で一番の作り笑顔をしていた。頬が引きつって、痛い。
「ていうか、いい加減誰なのか聞きたいなー。荘原マネって、秘密主義なの?」
「そういうわけじゃないけど……」
 政本君だから、言えないというだけで。
「怪しいなぁ。言えない人ってことは……あ! もしかして、九条先輩と藍川先生みたいに、先生とできてたり……」
「北見さん」