「あ! でも、女子高生の噂なんてパッと出てパッと収まると思うし、大丈夫だと思います。もし、本当だったとしても、先輩はもう卒業生なんだし問題な――」
「全然大丈夫じゃないし、問題大有りだろ」
 私の声を断つように、九条先輩は語気を強めた。ビクッとしてしまった私は、膝の上のバッグの持ち手をぎゅっと握る。
「だって、俺はまだ19で未成年だし、そうでなくても、そんな噂が職員内でも広がって、先生が卒業生に手を出したなんて言われ方したら、千早(ちはや)の印象が悪くなる」
「ち……はや?」
 たしか、先生の名前は……藍川千早だった。下の名前を呼び捨てということは、やっぱり……。
「先輩、やっぱり藍川先生と付き合ってるんですか?」
「いや、ただ昔からの知り合いってだけ」
「え?」
「この前言った、俺にバスケを教えた、5歳上の近所のねーちゃん」
「ええっ! そうなんですかっ?」
 驚いた私は、思いのほか大きな声を出してしまって慌てて口を押さえる。
「……しまったな。昨日は千早が残業もなくて、スポーツ医学の本を貸すから乗っていけって言って……お互い何も考えず……」
 ぶつぶつ言っている先輩を見て、なるほどと納得する。距離が近かったのもそのせいだったのか。こんなに先生のことを心配しているなんて、本当に特別な間柄なのだろう。
「あの、私、その子たちに誤解だって説明しましょうか?」
「わざわざ“違う”って言いに行くのは、逆に不自然な気がする」
「……まぁ、たしかに」
「それに、もう噂が広まっていてもおかしくないし」
「……うーん……」
 正直言ってそこまで深刻になるほどのことかな、と思っていたけれど、先輩の真剣な顔を見ていると、こちらにも心配が伝染してくる。やはりあのとき、現場にいた私があの子たちにちゃんと説明すべきだったと責任を感じてしまうほどだ。
「あ」
 反省していると、九条先輩が私を見て声を出した。じっと見つめられたまま数秒経ち、私は、
「……なんですか?」
 と尋ねる。
「噂には噂で対抗するのが一番かと思うんだけど」
「……はい?」
つまり、どういうことですか? そう聞くよりも早く、九条先輩が言った。
「俺の彼女になってくれる?」