「違いますよ。あえて言うなら、九条先輩に片想い中です」
 咄嗟に政本君が冗談を言うと、九条先輩は「げ」と眉を寄せる。
「九条先輩のバスケに、です」
 笑いながら言い直す政本君は、着替えるために部室へ入っていった。その横を通り、九条先輩と藍川先生は、体育館へと続く短い階段をのぼる。藍川先生は私よりも小さいから、長身の九条先輩と並ぶと、どちらが先生かわからない。
藍川先生に、
「今日は早いですね」
 と言うと、
「あぁ、最終コマ授業が入っていなかったから、仕事が粗方終わってて。そんで敦……九条が見えたから呼び止めて話してたんだ」
 と微笑んだ。
先生も政本君と同じで、九条先輩と会えるのが楽しみなのだろうか。それに……もしかして今、“敦也”って呼ぼうとした? 先輩のこと。先輩が高校生のときには気付かなかったけれど、前からこんなに仲が良かったのかな。
「九条、さっきの話の続きだけど、本、貸そうか?」
「あー、いい? ……いいっすか?」
 親しげに話しながら体育館に入っていくふたり。なんの話をしているのかはわからないけれど、先生にタメ口をききそうになっている先輩。
 私には堅苦しいと言ったけれど、逆に先輩は、ちょっと礼儀やデリカシーに欠けていやしないだろうか。
 この前言われたことを思い出して、私だけが口をへの字に曲げて九条先輩の背中を見た。けれど、先輩は気付きもしないし、きっとそんなことすら忘れている。そういう人なんだ。

 部活が終わり、バス停に着くと、九条先輩の姿はなかった。先輩のほうが先に出たはずなのにいないってことは、どこかに寄っているのだろうか。
「……よいしょ」
 普段は言わないのに、なんとなくそう言ってベンチの端に腰を下ろす。ちょっと拍子抜けだ。堅苦しいと2回も言われたから、今日は挑むような気持ちでここに向かってきたのに。
 それにしても……やっぱりすごいな、先輩は。
 今日も、男女問わず部員ひとりひとりの痛いところを的確に突いてアドバイスしていた。私がずっと気になっていたことを短時間で見抜いて注意して、そして見本となるプレーを見せる。それも、怪我をしていることを気取らせない鮮やかさで。
 あぁいうのを見せられると、こちらもウズウズしてくる。私もバスケをしたい、とさえ思わせられる。
「……ずるいなぁ」