ひらひらと手を振る先輩の口の端は、ほんの少し上がっていた気がする。私はそれを見て、モヤモヤしながらバスに乗りこんだ。
 九条先輩……バスケに関しては本当に尊敬しているけれど、やっぱり性格は良くないのかもしれない。なんだか偉そうで、ズケズケとものを言ってくる。こっちは、緊張の中、空気を読もうと必死なのに。
 はぁ……とため息をついた私は、次から待ち時間のために文庫本かイヤホンでも持ってこようかな、と思った。



「えー! すごい! これ、荘原マネがやってくれたの?」
 女バスのみんなが、私の周りを囲んで声を上げる。
 月曜日の部活の休憩時間、もともと部費で購入していたリストバンドに各部員のイニシャルを刺繍した私は、みんなに配っているところだ。
「うん、みんな同じ赤だから、落としたりしたらわからなくなると思って」
「大変だったでしょ?」
「ううん、もともと裁縫好きだから全然苦じゃなかったし、むしろ楽しかったよ」
「うわー、感動! ありがとう」
「ありがとうございます、先輩!」
 みんなから感謝の言葉を貰い、とりわけ北見さんが私の背中を叩いて、「さすがー!」と大げさに褒めてくれる。
 本当は、願かけ的な意味合いのほうが強かった。縫いながら、そのひと針ひと針に、引退までに1勝でも多くみんなが勝利を収められますように、って。でも、そんなことは、照れくさくて言えない。なんとなく偽善っぽい気もするし。
「これ、男子にも全部縫ったの?」
 配り終わってみんなが離れていくと、テーピングを巻くために残っていた根津さんが聞いてきた。隣には北見さんもいる。
「うん、さっき配ってきたよ」
「そうなんだ。裁縫上手なんて、いいお嫁さんになりそう。すごいね」
「他に取り柄はないんだけどね」
 アハハと頭をかきながら、テーピングを根津さんの指に巻いてあげる。彼女は練習中に突き指をしてしまったらしい。「自分でできるのに、ごめんね」と言う彼女に、「マネージャーの仕事してるだけだよ」と微笑む。
「あ! 荘原マネ、そういえばさ、好きな人がいるって言ってたじゃん? あれって、バスケ部だったりするの?」