「だ……だって、緊張しますよ。憧れの九条先輩とこういうふうに話をするのは」
「憧れ? ていうのは……」
「や、そういう意味ではないです。好きな人は他にいるので」
 慌てて勝手に喋りすぎてしまったからだろうか、九条先輩は「ぶっ」と噴きだした。過去の九条先輩とは違う、さっきまでのコーチとしての九条先輩とも違うその空気に、面食らってしまう。
「じゃあ、なに? 憧れって」
「それは、ずばりバスケが素晴らしいからです。まず、身体能力の高さがすごい。自分が頭で思うように体を動かすって、実際難しいことじゃないですか。でも、先輩はそれができてる。イメージとプレイが直結してて、動きに無駄がないんです」
「…………」
「あと、パス出しが絶妙。後ろに目が付いてるのかっていうくらい、周りが見えています。シュートの確実性もドリブルのテクニックも人並み外れていて、理想のバスケをされています」
「……急に饒舌になった」
 一気にまくしたてた私に、九条先輩は面白そうに目を丸くした。
「やっぱりすごいね、マネージャーの観察力。でも、たぶんもうそんなバスケはできないけどね」
「あ……」
 “怪我”の二文字が脳裏によみがえり、私は、また間違った、と口を噤んだ。すると、先輩がそれを察したのか、
「あぁ、違う、べつに嫌味で言ったわけではなく」
 と言葉を添えた。
「膝を故障して、短時間なら大丈夫なんだけど、長時間動いたり走ったりとかは負担が大きくて無理なんだ。だから、試合に関しては、そういうプレーはもうできないだろうな、ってこと」
「そ……そう、なんですか。でも……すみません、私、何も考えずに――」
「あれだね、マネージャー」
 謝ろうとすると、九条先輩は足を組み直してこちらを覗きこむように見た。
「気を使うことで、相手にも気を使わせちゃうタイプ」
「え?」
「だから、堅苦しいんだ」
 またもや失礼なことを言われ、ハリネズミを握る手に力が入ってしまう。今度は聞き間違いではなく、はっきり“堅苦しい”と聞こえた。そして、遠くから響いて近付いてくるバスのエンジン音。
 バスが歩道脇に停車して乗降口を開けると、私はゆらりと立ち上がって、頭を下げた。
「……それじゃ、おつかれさまです。お先です」
「じゃーね、また来週」