“きれいなフォーム”という言葉に、わずかに心が跳ねる。高1の春、マネージャーになりたての頃、たしかにバスが来るまでの時間を利用して、バスケを少しだけやって帰ったことがあった。
あれは、体育館使用の部活が全部はけて、バスケ部が最後になった日だ。バスケをまた間近で見るようになって触発され、シュートやドリブルの練習をこっそりやってみたのだ。あれを……あのたった一回を、九条先輩に見られていて、それを覚えられているなんて……。
 バス停前を数人の生徒が通り、急に賑やかになって、また静まる。ここを通る人や車に乗っている人って、なんでバス停で待っている私たちをじろじろ見ながら通り過ぎていくんだろう。
会話が途切れたので、私は膝の上に置いたバッグの上で手遊びをした。九条先輩はスマホを操作している。
「あの……」
 やはり沈黙を重く感じてしまう私は、自分から口を開いてしまった。
「うん?」
「九条先輩は、なんでバスケを始めたんですか?」
 先輩の視線が、スマホ画面から私へと移る。私はなぜか背筋を伸ばし、聞く体勢を整えた。
「きっかけ?」
「はい、きっかけ」
「あー……」
 先輩は顎をさすって、思い出すような仕草をした。遠い目をしている。
「俺んち、小さいときに父親亡くしてて母親が忙しくしてたんだけど、そのときによく面倒を見てくれてた……ていうか遊んでくれてた近所の姉ちゃんがいて」
 そこまで聞いた私は、口を半開きのままで固まってしまった。
またやってしまった。前回の怪我の件に続き、またしても本来なら言いたくないようなことを言わせてしまう失礼な質問。自分はなんて浅はかなのかと自己嫌悪になる。
「んで、その人がバスケ大好きで、一緒に公園に付き合わされて。それからかな」
 けれど、そんな私をよそに話を続けた先輩。私はまた謝るタイミングを逃してしまって、ただ、
「へ……へぇ、そうなんですね」
 とだけ返した。
 バッグのチャックにつけて内側へ入れこんでいる、柔らかいハリネズミのぬいぐるみストラップ。それを取り出してぎゅっと握る。週に2回のこの15分間は、なんというか、自分のコミュニケーション能力を試されているようだ。
「この前も思ったけど」
「はい?」
「あんた、めちゃくちゃ肩に力入ってない?」
 言い当てられて、私の肩にはいっそう力が入る。しかも、“あんた”と呼ばれてしまった。