先輩が真剣なものだから、みんなもそれに応えようと必死で、いつものような気怠い雰囲気は一度も流れなかった。九条先輩を知らなかった後輩たちも、見本を見せる彼のしなやかな動きに感動し、男女ともにやる気に火が付いたようだ。藍川先生もそれを見て、満足気に微笑んでいた。
 やっぱり、先輩って、すごいんだな……。
「マネージャーって……」
 そんなことを思っていると、ふいに、九条先輩が口を開いた。
「今、ひとり?」
「はい。もうひとりはこの春卒業されて、その後誰も入ってきていないので」
「へぇ、大変だね」
 “そんなことないです”と言うか、“そうなんですよ”と言うか迷っていると、九条先輩が足を組み直してまた尋ねてくる。
「俺、マネージャーする人って意味が分からないんだけど、最初どういう気持ちでやろうと思ったの?」
「え? えーと……」
「バスケ好きなら自分が実際に部員としてやればいいし……あ、あれか? 好きなヤツがバスケ部だったからとか?」
 失礼だな、と思って九条先輩を見るも、彼は純粋に不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。だから、コホンと咳払いをして正直に答える。
「もともとバスケをするのも観るのも大好きで、小学校のときにはバスケのクラブチームにも所属していたんです。でも、体が弱くて途中でやめて……。それで現在、ちょっとだけでもバスケを近くで見ていたくて、マネージャーしてます」
「……“体が弱くて”」
 普通なら掘り下げないようなところを復唱され、私は無言で頷いた。すると、先輩から思いがけないことを言われる。
「俺、記憶がおぼろげで定かじゃないんだけどさ、俺が高3のとき、部活後にひとりでシュート練習してたことなかった?」
 ひゅっと空気を飲んでしまった私は、気取られないように首をかしげ、
「……たぶん私じゃないと思います」
 と答えた。作った笑顔が、ちょっと引きつったかもしれない。
「そっか」
 腕組みをしてベンチに背を預けた先輩。その振動が私にも伝わり、こちらの動悸も伝わっているのではないかと不安になる。
「遠目だったからよく見えなかったんだけど、けっこうきれいなフォームだったから印象に残ってたんだよね。最後まで残ってるのはだいたいマネージャーだし、シルエットが似てた気がしたんだけど……。じゃあ、もうひとりのほうか、女バスの誰かか」
「そうかもしれないですね」