雪月の執筆活動はおおよそ順調だった。涼しい気候の中ですらすらと万年筆が原稿用紙の上を走っていて、時々休憩と言って華乃子がリビングに連れ出せば、一緒にお茶を楽しむこともあった。

「モダンガール、というご婦人の考え方は興味深いですね」

自分が語るモダンガールとは何ぞや、という話を、雪月が興味深く聞いているのを華乃子は嬉しく見ていた。生き生きと新しいことを吸収している雪月は、長屋で本に囲まれて暮らしているときと同じくらい目が輝いていた。

「先生は本当にものを知ることに貪欲でいらっしゃるわ。私が婦人部で得てきた知識なんて、もう全て話しきってしまいました」

華乃子の言葉に、雪月がいやいや、と謙遜する。

「華乃子さんのお話がなかったら、僕の生み出すキャラクターにも深みは増しませんでした。あやかしとのお話も、話してくださってありがとうございました。彼らは僕にとっては愛すべきキャラクターでしたが、世間の人はそう言う風に受け取るのだと、分かりましたから」

雪月が微笑って、言う。雪月があまりにもあやかしのことを愛しているので、最近華乃子も少し太助や白飛に対する態度が変わった。……あまり邪険にしなくなったし、彼らの言葉を受け入れることも出来るようになった。

「先生のおかげで、私、自分に憑いているあやかしにもやさしくなれたんですよ。以前は邪魔に思うことばっかりだったのに、今では笑いかけることも出来るんです」

そう言うと雪月は、良かったですね、と言った。

「僕はそうやって、僕の書いた物語が実現するところを見せて頂けたのが、一番うれしいです。東京に戻っても、その気持ちを忘れないで居てくれたら、嬉しいです」

忙(せわ)しい人の流れの中に戻っても、忘れないで欲しい、と雪月の目が言っている。そうですね、と返事をするのには、少し勇気が要った。