『かーしゃ? かーしゃ?』

子供の手を引いて道を歩いている。子供の母親らしき人を探しているのだ。

「私はお母さんじゃないよ。あなたのお母さん、何処に行ったんだろうねえ?」

両脇に樹木の立ち並ぶ道を子供の歩調に合わせてゆっくり歩くが、そろそろ日が暮れて、母親探しは難しくなってしまう。
この子を屋敷に連れて帰ることも出来ないし、早く母親が見つかって欲しい、と思っていたその時、背後から華乃子を呼ぶ声がした。白飛だった。

『おーい。華乃子。先生が華乃子を探してたぞ。戻ったほうが良くないか?』

「白飛、ちょうど良かった。この子、あやかしよね? お母さんを探してるみたいなの。分からないかな?」

華乃子の陰に隠れている子供を白飛の前に出して解を得ようとすると、白飛は、あれーと声を上げた。

『こいつはびっくりだ。こんな夏の時期に雪女かよ』

「雪女ですって? 雪なんて、何処にも無いわよ?」

華乃子の驚きに、白飛も、さもありなん、と頷いた。

『雪女は普通、現世では冬にしか活動しない。夏は涼しいの山の奥に引きこもっちまってる。雪女の郷は常時雪があるって話だが、こいつはまだ子供で仲間とはぐれちまって、現世(うつしよ)への入り口からこの郷に出てきたんだな、きっと。
何かを探してるんだろうけど、これ以上は自殺行為だ。俺が郷に送ってくるから、華乃子は屋敷に帰れ。先生が探してる』

「そうね、白飛、任せたわ。私は屋敷に戻る。その子をよろしくね」

合点承知、と言って、白飛は子供を背に乗せると山の方へ飛んで行った。


「先生、お呼びでしたか?」

ノックをして雪月の部屋には居ると、やあ、ちょっと聞きたいことがあったので、と微笑まれた。

「何でしょう。お役に立てると良いのですが……」

「僕に、華乃子さんが理想とするモダンガールと言うものを、教えて欲しいのです」

華乃子が、まあ、と目を見開くと、雪月は少し照れたようにこう言った。

「華乃子さんのように、西洋の文化を積極的に取り入れてらっしゃる職業婦人でありながらあやかしを見たことのある人も居るのだと分かったので、以前華乃子さんがおっしゃっていた、モダンガールを題材にしてみようかと思いついたんです。
全く書いたことのないキャラクターなので、僕が生かし切れるかどうか、分からないのですが……」

雪月の言葉に、華乃子は是非書いてみてください、と応じた。

「モダンガールとあやかしの恋物語ですか? 新しいジャンルを切り拓かれるんですね、素晴らしいです!」

ぱちぱちと拍手をすると、雪月は恐縮したように頭を掻いた。

「そんな……、大袈裟なことではないですよ……。もし、華乃子さんがあやかしに係わったことで今も辛い思いをされているのだったら、物語の中でだけでも、幸せにして差し上げたかったんです……」

「え……」

思いもかけないことを言われて、華乃子は雪月を見つめた。雪月は恥ずかしそうに、でも華乃子の瞳を見つめてくる。え、それって……、それって…………?

せんせい、と言葉の真意を確かめようとした時に、無粋なノックの音がした。

「お嬢さま、お夕食の支度が整いました」

下女が呼びに来たのである。一瞬の密度の濃い甘い空気は霧散し、ただ、恐縮したような苦笑いの雪月が其処に立っていた。

「お……、お食事だそうです。……行きましょうか……」

部屋を出て行く雪月に続くしかなかった。……さっきの言葉をもう一度聞きたい。でも、雪月の背中を見て、それは叶わないのだとなんとなく分かった。