「わっ……、私をモデルにあんなに……、やさしい恋物語を書けるのは……、何故なんですか……?」

ずっとずっと悲恋ばかりだったのに、華乃子をモデルにこんな素敵な恋物語が書けるなんて……。だったら、其処に込められた想いは……?

そう問うと雪月はやっぱり恥ずかしそうに微笑った。

「昔……、親切にしていただいたから……」

「…………」

…………は? 昔?

雪月の表情に愛の告白を淡く期待していた華乃子の耳が、聞こえてきた言葉を掴み損ねる。

「む、……昔? えっ、何時の事ですか? 春?」

春なら華乃子が雪月の許に移動になった頃だ。しかし雪月は首を振った。

「もっと前……。……そう、今から十年以上前。華乃子さんが雪降る中おにぎりをあげた少年。あれが僕なんです……」

え……っ?

「えええっ!?」

だって、あの少年はあやかしだと父から聞いて育った。だからあの思い出は華乃子の中で消してしまいたいくらい、辛い思い出と繋がっていた。……雪月の新作が出るまでは。

じゃあ、雪月はあやかしなのか? いや、それにしてはきちんと人間の成りをしている。

「せ……、先生……、は、あやかし……になんて……」

みえませんよ、という言葉は部屋の空気に消え、代わりに雪月の語る声が畳に落ちた。

「僕も……、華乃子さんが嫌がる、あやかしなのです……」

衝撃の告白を、華乃子は何故か裏切られた気持ちもなく聞いた。それはあの時の少年が、また目の前に現れてくれたという喜びの気持ちの方が大きかったからなのかもしれない。

雪月は更に言葉を続ける。

「そして華乃子さんのご両親のことですが……、お父様かお母様が僕のことをあやかしだと気付いていた。……つまり、華乃子さんのお父様かお母様は、あやかしが『視える』、と言うことになります」

そうだ。それであやかしと関わるんじゃないと、きつく言い含められていた。

「……つまり、お父様かお母様が華乃子さんと同じく『視える』体質だった、もしくは、あやかしだった、とは、思いませんでしたか……?」

ええっ!? そう言えば、そんなこと考えもしなかった! でも、言われてみれば華乃子が『視えてる』ことを『見て』いたのだから、父か母のどちらかは『視えて』いたのだろう。……こんなことって!

「それでですね……。僕の知っていることから申し上げると、……つまり、お父様は『視える』体質で、華乃子さんのお母様があやかし……雪女です」

「ええっ!?」

「だから、ご両親の血を引いた華乃子さんは『視える』し、半分雪女なのですよ」

「えええっ!?」

次から次へと驚きの連続で、頭が働かない。雪月の衝撃の告白はまだ続く。

「華乃子さんのお母様は、郷の反対を押し切って、華乃子さんのお父様とご結婚され、華乃子さんをもうけた。でも、雪女の郷の掟は厳しい。華乃子さんのお母様は、郷に連れ戻されたのです」

そうか。だから私だけ異母姉なんだ……。弟と妹は後妻のお継母さまの子供だから……。

「じゃ……、じゃあ、昔っから夏に弱かったのも……」

「そう。僕と同じで、雪女だからです」

なんていうことだろう! 全部の符号が嵌って聞こえてしまう!

「……って、先生も本当に雪女なんですか!?」

驚愕の事実を問いただすと、雪月は恐縮した様子で、はい、実はそうなんです……、と頷いた。

うう~ん。知恵熱が出そうだ。正直もう此処までで既に情報が許容量を越している。しかし雪月はまだ何か言いたそうだった。

「……先生……。……多分、まだ何かあるんでしょうけれど、今日はこの辺にして頂けませんか……? 正直、私、受け止め切れません……」

何せ、自分の出自から覆ってしまったのだ。今までの人生を振り返るくらいの時間が欲しい。それは雪月も分かったようで、頷いてくれた。

「そうですね……。一度に詰め込み過ぎても、直ぐには飲み込めませんよね……。このお話の続きは、また別の機会にしましょう」

「お願いします……」

華乃子はよろりと立ち上がると、雪月の家をお暇した。