雅弥は注意深く高倉さんの動向を伺いつつも、

「……何にせよ、アンタは素直に頷かないだろうとは思っていた」

「へ?」

「選択肢は、二つだ」

 雅弥は構えた刀を高倉さんに向けたまま、

「一つは、本体の行く末は運に任せ、このまま"念"を斬り祓う。もう一つは、"念"を本体から引き剥がし、"念"だけを斬る」

「本体から引き剥がす……? え、それでしょそれ! そんなことが出来るなら、そっちの方法一択よ!」

「なら、アンタが考えろ」

「はい?」

 ほんの瞬間だけ寄こされた、試すような双眸。

「"念"を本体から引き剥がすには、本体の感情を強く揺さぶる必要がある。瞬間的に"正気に戻す"といえば、伝わりやすいだろう。一番早いのは執着するモノを見せることだが、俺にはアイツの執着するモノなど検討もつかない」

「執着……」

「……いつもならば、このまま"念"を斬っているんだ。それを阻むというのなら、アンタ自身で、道を作れ」

 私が、道を作る。
 つまりそれが出来なければ、黙っていろと言いたいのだろう。

(……私が"正解"を引き当てなければ、雅弥はこのまま斬るつもりだ)

 言われてみれば、そうだ。雅弥は"祓い屋"なのだから、"念"とかいうアレが斬れればそれでいいのだろう。
 雅弥には高倉さん自身を守るだけの、義理も情もない。

(……急がなきゃ)

 雅弥だって、怪我をしたくはないはず。
 なのにすっかり人間離れしてしまった高倉さんから私と自分の身を守りつつ、確実に"念"とやらを斬らないといけない。

 ――もたもたしてられない。おそらくチャンスは、一度だけ。

 こちらの会話が聞こえていたのか否か、高倉さんが再びハサミを振り上げ、向かってきた。
 それに対峙する雅弥を眼前にしつつ、私は集中して、必死に思考を巡らせる。

(高倉さんの、執着するモノ)

 私……は、もうここにいるし、孝彰さんを呼びだして到着を待つだけの余裕もない。
 今ここにあるモノで、高倉さんが"正気を取り戻す"ような何か。
 目につくいたのは私の鞄。ここ数日間の高倉さんの様子を思い起こしながら、その中身の記憶と照らし合わせていく。

「――そういえば」

 力と力でぶつかり合う雅弥と高倉さんは、互いにだけに意識を集中させている。
 いまなら。隙をうかがって転がったままの通勤鞄に駆け寄った私は、アスファルトに膝をつき急いでスマホを取り出した。

 孝彰さんは、社長だと言っていた。
 名前で検索をかければ、写真の一枚でも出てくるんじゃ……!