良かったわね、と私は視線を下げ、どこか呆然とした様子の彼女に手を差し出した。

「はい、立てる? せっかく綺麗なお着物なのに……汚れてないといいのだけど」

「……私は、許されたのですか?」

「許すもなにも、最初から誤解なんだから、当然の結果でしょ?」

 おずおずと乗せられた白い手を「よっと」と引き上げ、彼女を立たせた私は地についていたその膝を軽く払ってやる。
 それから「ねえ」と、私よりも少し高い位置にある(おもて)を覗き込み、

「私にはあやかし事情はよくわからないけど、一つだけ、わかることがあるの。それはね、私の顔はアナタの"顔"には向かないってこと。だって、貴女は私よりずっと純粋な心を持っていて、仕草にも話し方にも自然な品があるのだもの。私はね、顔って、その人の歴史だと思ってて。ほら、"顔つき"って言葉あるじゃない? もちろん、生まれ持った構造や配置はあるけども、それからどう生きてきたかで、ひとつひとつのパーツが変わってくると思うのよ」

 彼女の望む"顔"は、ただの写し絵なんかじゃない。
 彼女が願ったのは"彼女の顔"なのだから、ちゃんと彼女のこれまでを込めてあげないと。

「私の顔を気に入ってくれたのは嬉しいし、この構造をアナタに"貸す"のは構わないけれど、せっかくの機会なのだから、"アナタの顔"を作らない? 私も協力するから!」

 ね、と柳のような両手を握って笑いかける。
 途端、彼女が返事を発するよりも早く、後方の男が「駄目だ」と口を出してきた。
 私は唇を尖らせながら男へと視線を遣る。

「どうしてよ、名案じゃない」

「ふざけるな。この先コイツと関わる最中に、アンタがうっかり取り込まれでもしてみろ。それこそ、"わざわざ逃がして一人喰わせた無能"と、あちらでもこちらでも笑い者だ。冗談じゃない」

「ええ……疑り深いわね……」

「あのな、アンタはそもそもあやかしというモノの性質を知らないから……くそっ、だから巻き込むなと言ったのに」

 苛立ち交じりに男が自身の髪を乱す。
 思わず「……短気は損気よ」と呟くと、「うるさい」と即座に返ってきた。
 ……ちょっと面白いと思ってしまったのは、内緒にしとこう。

「ともかくだ」

 男は万年筆を袖に隠すように腕を組んで、

「金輪際、あやかしと関わるのは止めろ。コイツも含めてだ」

「あ、いいこと思い付いちゃった」

「聞いているのか?」