「……私と黒百合は江戸時代、さる任侠組が商う旅籠屋で働く宿帳と硯という関係でした」
──黒桜と黒百合は、そこで共に同じ時を過ごし、同じ頃に付喪神となった腐れ縁のような関係だったという。
「黒百合はその頃から、密かに人を脅かして楽しむような悪戯が好きな付喪神でした」
どこか遠くを見つめる目をした黒桜は冷静に話を続ける。
「しかしあるとき、宿が町奉行……今で言う警察の摘発を受け、廃業することになったのです」
その際に【不正の証拠隠滅】のため、黒桜を含めた宿の多くの"もの"たちに、当時の黒桜の主人は躊躇うことなく火を放ったのだという。
「私は、自分だけでなく仲間たちまで焼かれていく姿を黙って見ていることができませんでした。そうして、そのときすでに付喪神としての力を持っていた私は、主人のあまりの仕打ちに怒り狂い、人に仇をなそうとしたところを常世の神に捕縛されたのです」
「黒桜さんが、常世の神様に捕縛を……?」
「ええ。付喪神として、小さな悪戯程度なら咎められることはありませんが、人の命を奪うような行為をすれば、最早それは神では非ずと判断されます」
「神では非ずって……」
「いわるゆる神堕ちと言うやつです。人に仇をなそうとし、邪神となりかけた私は、そうなる前に幸か不幸か常世の神に捕まったというわけです」
そうして黒桜は、常世の神により付喪神の力を奪われ消される予定だったところを八雲の曾祖父にあたる、つくもの六代目に引き取られたという。
そのときに常世の神に出された条件は、【付喪神であり続けたいのなら、つくもで善を積み続けること】で、黒桜はその条件に従い、つくもで働き続けているということだ。
「そんな事情があったんですね……」
「驚かれたでしょう? 私の元主人は任侠者でしたので、刀を集めるのが趣味であったり気性が荒い男だったため、当時の私もその影響を受けて荒っぽい一面がありまして」
「付喪神の性格は最初の持ち主に似ると言うからのぅ」
今の穏やかで飄々としている黒桜からは想像もつかない一面だ。
けれど、ふたりの話を聞いた花は、"あること"を思い出して「あ……っ!」と思わず声を上げた。
「もしかして、だから黒桜さんは刀に詳しかったんですか⁉ ほら、前に国宝の薙刀の付喪神の薙光さん御一行がいらっしゃったときに、やけに刀に詳しいなって思ったんです!」
花の指摘に、黒桜は着物の袖で口元を隠し、恥ずかしそうに目を逸らした。
「まさか花さんに気づかれていたとは……お恥ずかしい限りです。とにもかくにも、そういう経緯があり、私は今日まで、ここつくもでお世話になっております」
そこまで言うと黒桜は、困ったように小さく笑った。
黒桜は最初の持ち主に、酷い扱いを受けてここへやってきたのだ。
ただ、真面目に自分の成すべきことをしてきただけなのに……。
一番信頼を置いていたはずの主人に仲間が次々と火をつけられる場面を目撃し、黒桜自身も主人に焼き殺されそうになったのだ。