それからしばらくして、
“──七海”
誰かに呼ばれた気がして、わずかに顔をあげると、私の目の前で立ち止まる足元が見えた。
そして、ゆっくりと顔をあげる。
「……あお、先輩……」
思わず声がもれる。
「こんなとこで何してるの!」
切羽詰まったような声を荒げると、私の手を引っ張って力強く、容易く私を引き寄せる。
私の腕を掴む手があまりにも力強くて、
「……先輩痛い」
声をもらすと、
「ごめん」
握りしめている腕の力を弱めた。
「それより急に電話してどうした? 何かあったの? 助けてってなに?」
まくし立てられて、戸惑った私は、えっと、と言葉を探してから、
「……ちょっと家族と喧嘩しちゃって」
「喧嘩?」
尋ねられて小さく頷いた。
先輩はそれ以上尋ねることなく、そっか、と言って私の頭を撫でると、
「じゃあまずは移動しよう」
「え…?」
「ここ目立つし」
ボソッと言われて、あたりを見回すと、通りすがる人たちが私を不思議そうに見つめていた。
私たちが喧嘩しているとでも思われてるのかな。
「そんなわけで、ほら行こ」
私の答えを聞く前に当たり前のように手を掴むと、私が逃げて来た方とは正反対の方へ先輩は歩き出す。
どこへ行くの、なんてことは聞かなかった。
そんなこと気にならないほどに憔悴していて、心はうんと痛かった。
だから、スマホが振動していたことなんて全然気づきもしなかった──。