かがんでいた早苗さんがおもむろに立ち上がると、
「七海ちゃん」
また、私の名を呼んだ。
そのあとに私に手を伸ばそうとしてくる姿が視界に入り、
「──名前で呼ばないで!」
とっさにその手を払い除ける。
廊下に響く私の叫び声。
早苗さんは驚いて、美織ちゃんは早苗さんの足を掴んだまま後ろに隠れた。
困惑した早苗さんは、え、と驚いた声をもらしたあと、
「七海、ちゃん…?」
震える声と、瞳が少しだけ揺れた。
俯いて、唇を噛みしめて何度か耐えようと頑張った。
私は、いい子だからと。お姉ちゃんだからと、我慢しようとした。
けれど、その甲斐も虚しく私の心は感情に支配された。
ああ、もうダメだ……。
私はいい子ではいられない。
もう、いや……いやだ……
これ以上我慢なんてできない。
「あの、七海ちゃ」
「やめて!」
名前を呼ぶことを遮って、早苗さんを睨みつけたあと、
「馴れ馴れしく呼ばないで!」
私ののどの奥から出た声は、あまりにも低かった。
「え……」
早苗さんは、ひどく傷ついた顔をしていた。
なんで私よりも自分が一番傷ついてるみたいな顔をするの? 傷ついてるのは私なんだよ?