だから私は、今日も猫をかぶる



早苗さんが嫌いなわけではない。
美織ちゃんも天使のように可愛いと思う。

お父さんと血が繋がっているはずの私は一体何なのかな? お母さんの忘れ形見? それとも、もう赤の他人?

高校生ともなると父親と会話をするのは、うんと減る。
だからまともに話した記憶は、ここ最近全くない。
それを知ってか知らずか、代わりに早苗さんは仕事や家事の傍ら私に話しかけてくれることが増えた気がする。


「七海ちゃんどうかした?」
「え? …あ、何でもない! それよりこのハンバーグおいしいね」


私は、いい子のフリをしなければならない。
心配そうな瞳を向けられて困った私は、話題を逸らした。
そう?よかった、と微笑んで、また何事もなかったかのように食べる早苗さん。
私は小さく安堵の息をついた。

美織ちゃんは、まだ三歳。
だから大人の雰囲気を感じ取ることはできなくて、ごはんをおいしいおいしいと言って食べていた。
そして時々、なみちゃんと私を呼ぶ。
おいしいね、と笑うから私もそうだね、と返事をする。
その繰り返しだった。


「ごちそうさまでした」
「ごちそーさま!」


みんな揃って食べ終わり、食器を片付ける早苗さん。
美織ちゃんはリビングの一角にある、おもちゃ遊び場に一目散に駆けた。
私は、まだテーブルに残っていた食器をキッチンへ運んだ。


「私も手伝うよ」
「え、いいの? でも…」
「大丈夫大丈夫」


笑っておまじないをかける。
"大丈夫"は私の魔法の言葉。

申し訳なさそうに眉を下げていた早苗さんだったけれど、ありがとうね、と言うと、食器を洗った。

ザーッと水の音が流れる。
無防備に流れる水、排水溝に流れてゆく水。
水の音は嫌いじゃなかった。
雨の日だって私はわりと好きなほうだ。
水の音を聞いていると、心が無になれる。
何にも考えなくていい。
心をからっぽにできる。
ボーッと眺めている、無意味な時間でさえも私は好きだった。