「もう私、分かってます。そんなことをしたってお母さんが戻ってこないことも、お母さんが喜ばないことも」
「うん」
「だから私、もうやめにします。いい子でいるの。だって、疲れちゃったから」

口にすると、思っていたよりも苦しくなくて、今までの苦しみは何だったのかなと思うくらい心は軽くて

「あーあ。時間無駄にしちゃった」

ポツリともらすと、

「そんなことないよ」

言った先輩は、真っ直ぐ私を見つめた。


「苦しんだ時間が全部無駄になるわけじゃない。確かに時間は戻ってこないけど、七海は苦しんで悩んで、だけどちゃんと生きた」

言ったあと、短く切ってから、

「生きることを諦めなかった」

力強く言った先輩。

きっと、妹さんのことを思いながら話している。


「だから七海は絶対に、幸せにならないといけない」
「え?」
「苦しんだ分、これからの人生を七海は誰よりも幸せにならないといけない。それが天国にいるお母さんのためになるんだよ」
「お母さんの、ため?」
「うん」

頷いたあと、先輩は口元を緩めて、

「だから、俺と一緒に幸せを探していこう」

矢継ぎ早に現れた言葉に、え、と困惑していると、

「俺と一緒なら七海だって怖くないでしょ。だから、探そう。俺と七海の幸せを、これから二人で」

幸せを、探す。
なんて、今までしてこなかったけど。

「それってなんか、心強いですね」

自然と笑顔かこぼれ落ちる。

「でしょ」

笑った先輩は、穏やかな表情を浮かべていた。

だから、言ったあと、


「これからもずっと俺のそばにいてよ」
「え?」
「俺とこれから先の長い人生を生きてほしい。例え、どんなことがあっても、ずっと一緒に」


それって──。


「意味、分かるでしょ」


ふっと笑った先輩に、言葉を返せずにいると、私に向かって手を差し伸べる先輩。

私は一瞬躊躇うけれど、軽く下唇を噛んで決意を決めると、その手を掴んだ。


そしたら先輩は、笑って


「これからの七海を俺がずっと支えるから。だから七海は、自分らしくいて」


私の手を握り返した。

その手の温もりが温かくて、涙が溢れそうになる。


ずっといい子を演じていた私。

いつまで笑えばいいんだろう、と終わりが見えない現実に苦しんだ日々。
先輩と出会ってそれが無駄じゃなかったんだと、そう思えた。

私、もう無理しなくていい。

だって先輩が言ってくれたから。

だから私、もう大丈夫。


きっとこれからは、自分らしくいられる。

花枝七海として、心から笑うことができると思ったんだ──。