「前にさ、俺がいい子を演じる理由はなに?って聞いたときあったじゃん。そのとき七海、みんなが笑ってくれるからって答えたでしょ。もちろんそれに嘘はないと思うんだけど」

でもさ、と続けると、

「ほんとはそれだけじゃないんじゃないかなって思って」

まくし立てるように言葉が並んだ。

私は、それを聞いて口元が緩んだ。

だって、みんなが気づかないことを先輩は気づいてしまうんだから。
先輩には隠し事なんて無理なのかな。


「その通りです」

先輩の言葉に頷いてみせた。

私の声は思っていたよりも落ち着いていて、


「私がいい子を演じてた理由は、お母さんのためです」
「え?」

少し困惑する先輩の表情を見て、視線を落とすと、

「私がいい子でいたらお母さんが戻ってきてくれるんじゃないかって、思った。ううん、願わずにはいられなかったんです」

淡々とした声が、不思議だった。
心はこんなにつらいはずなのに。


「あの頃の私はまだ小学生でした。だからお母さんが亡くなるなんて考えたくなかった。
どうして病気に気づいてあげられなかったんだろうって、一番そばにいたのは私なのにって」

思ったし、何度も自分を責めた。

「私が、いい子じゃなかったのがいけなかったのかなって。そしたらいい子でいればお母さんが戻ってきてくれるかなって思ってしまったんです」


「でも」と言いながら、先輩へ視線を戻せば、私よりも苦しそうに顔を歪めていて、


「そんなことずっとずっと昔から気づいてたはずなのに。いい子を演じたってお母さんが戻ってくることはないって。知ってた、はずなのにな…」
「七海」


心配そうに声をもらす先輩は、写し鏡のようで。まるで昔の自分を見ているみたい。

冷静に物事を考えられるほど落ち着いている自分に驚きつつ、

「先輩、大丈夫ですよ」

口元を緩めると、小さく拳を握りしめて。