「それと」言いかけて、躊躇いがちに口を閉じた先輩。
こっちがメインなんだけど、と前置きをしたあと、わざとらしく咳払いをして、
「あれから家の方どう?」
なんの脈絡もなく落とされた言葉に、私は動揺することなくて、不思議と落ち着いていた。
だから少しだけ、口元を緩めたあと。
「まだ私の方がふつうにできなくて、ぎこちなさは相変わらずあるんですけど…」
自分の気持ちを打ち明けたあの日から、少なからず何かが変わり始めているような気がしたことを思い浮かべて、
「一応、なんとかやってます」
胸を張ってそう言えるようになった私に、
「そっか」
先輩は、ホッと安堵したように表情を緩ませた。
前よりは家族らしくなったんだと思う。
それは間違いないはずなんだけれど。
「でも、やっぱりまだ早苗さんのことをお母さんって呼ぶことはできてないんですけどね」
苦笑いを浮かべると、
「それがふつーなんじゃない」
「え?」
「七海にとって母親は、まだ心の中で生きてるじゃん。だから、そう思っておかしいことなんかないよ」
なんの迷いもない口調で、そう告げた。
「だから、七海が自分に責任感じるとかしなくていいんだよ。何年か経って、七海がそう呼べる日がきっと来るよ」
「でも、お父さんが再婚してもう四年になるのに…」
さすがに申し訳なく感じて、肩を落とすと、
「いいんだよ」言った先輩が、伸ばした手で私の頭を乱暴に撫でて、
「何年かかってもいい。例えそれが、十年でも二〇年でも。七海がその人のこと、お母さんって呼べるようになってからで遅くはない。だって、今ちゃんと家族になれてるんだから」
「ちゃんと家族……?」
「うん。だってそうでしょ」
言われて、私が家を飛び出した日の記憶が手繰り寄せられて、
あの日、確かにお父さんと早苗さんはすごく心配してくれていた。
思い返せば今までだって毎日お弁当を作ってくれていたし。