「それは、分かってますけど…」
「同じ苦しみを味わってはいけない。そうなってしまったら二度と言葉を交わすことはできないんだ」

先輩は、悲しそうに声を落とす。


──お母さんのときもそうだった。
どれだけ恋しくても、お母さんと話すことは叶わなくて。

けれど。


「どうせ帰っても私が叱られる」
「それはちゃんと話せば分かってるよ」
「で、でも!」


先輩の真っ直ぐな瞳から逃げるように俯くと、七海、と声をかけられて、頭の上に温かい何かがのっかった。

顔をあげると、


「逃げたって何の解決にもならない。だから帰って家族に七海の気持ち、ちゃんと伝えよう」
「で、でも…」

伝わらなかったらどうしよう。そんな不安が先走っていると、

「大丈夫」

私の隣でかがんだ先輩が、私の頭を撫でた。

「俺がちゃんと保証する。それでももし家族が七海の気持ち分かってくれないなら、俺が何とかする」
「先輩が?」

うん、と頷くと、

「だから俺を信じて」

優しい眼差しで私を見つめる。

まるでそれは、私を通して妹を見ているかのようで。


私は、答えない。その代わりに、先輩の袖をぎゅっと強く握りしめた。

そしたら先輩は、わずかに口元を緩めると、また頭を撫でて、私の手を掴んで立ち上がる。


海のはるか彼方から、沈んでいく夕陽が、あたり一面をオレンジ色に染めた──。