「それより」聞こえた声に顔をあげると、先輩の視線とぶつかった。泣いたことを思い出した私は少し恥ずかしくて、視線を逸らす。
「七海今から少し時間ある?」
なんの脈絡もなく落とされた言葉に私は、え、と声をもらした。
「ちょっと行きたい場所あってさ。七海がまだ家に帰りたくないなら、付き合ってほしいなと思ったんだけど、無理そう?」
尋ねられて、公園の真ん中に立っている時計塔を見ると、まだ時刻は十五時を指していた。
「……べつに大丈夫ですけど」
恐る恐る答えると、
「うん、よかった」
笑った先輩は、残っていたコーヒーを飲み干してゴミ箱へと捨てる。
「じゃあついて来て」
少し離れたところで私に声をかける。
私はそれを追いかけて、先輩の隣へやって来ると、
「どこ行くんですか?」
「それは、内緒」
尋ねてみたけれど、頑なに教えてくれようとはしなくて。
代わりにわずかに口元を緩めただけ。
けれど、楽しそうに笑っている感じはなくて、むしろその逆。切なさが滲んでいるような気がした。
私は、小さな違和感を残したまま、先輩のあとを追いかけた。