人が減ると、私はいつもの場所に向かう。

 まったく、あの人も意地が悪い。私がどれだけ未解決事件をなくすことにこだわっているかを知っているくせに、自分の仕事をしないと情報を教えないだなんて。

 結局、予定外の仕事をして無駄な時間を過ごしてしまった。

「……早くないですか」

 私が戻ると、彼は不服そうな顔をした。

「心配しなくても、ちゃんと事件解決してきましたー」

 犯人逮捕まで見届けていないけど、それは私の仕事ではない。捜査して、犯人であろう人を推理するまでが私の仕事。

 逮捕は、若瀬君たちの仕事だ。

「事件を解決することだけが仕事ではありませんよ」

 それはつまり、若瀬君に押し付けている仕事もしろ、ということだろう。

 たしかにそれは私の仕事だけど、どうしてこの人がそのことを知っているのか。

「やっぱりやっていないんですね」

 何も言っていないのに、呆れた表情で言われた。私の表情を読み取ったらしい。

「……かまかけました?」

「あなたがわかりやすいだけですよ」

 この人、赤城(あかぎ)和真(かずま)は、真面目で融通が利かない人だ。警察が天職なのではないかと思うくらい、この人は警察官になるにふさわしい人である。

「……和真の頑固者」

「あなたの兄を真似て呼び捨てにするのはやめなさいと言いませんでしたか?」

 そして、私の兄の友人。昔からの知り合いで上司だなんて、やりづらいことこのうえない。

「さあ、きちんと自分の仕事を終わらせてきてください。新たな情報はそれが完了してからです」

 強制的に話を終了されてしまった。これだから頭が固い人は面倒なんだ。

 でも目標を達成するためには、私にはこの人の協力が必要だ。ここで二度と教えないなどと言われてしまえば終わりだ。

「……絶対ですからね」

 だから私は、彼に逆らえない。

「僕は嘘をつきません。あなたこそ、約束は守ってくださいね」

「言われなくてもわかってますー」

 子供のように舌を出して、言い返す。これ以上小言を言われてしまう前に、その場を離れた。

 一課に戻って若瀬君から仕事を受け取ろうとしたけど、若瀬君はそんなものはどうでもいいというような勢いで、駆け寄ってきた。

「木崎!」

 その勢いに圧倒され、数歩後ろ下がる。

「お前に言われて調べ直したら、本間京香が部屋に入って通報するまで、三十分くらい空白の時間があったんだ。二人に詳しく聞き直したら、本間京香が全部話してくれたよ。母親に、お前は弟の世話をするしか使えない、みたいなことを言われて、腹が立って殺そうとしたんだって。お前の推理は正しかったよ。本当に才能があるんだな」

 若瀬君は一気に言った。私が口を挟む暇もない。でも、こんなに言われるようなことはしていない。大袈裟だし、うるさい。

「そう。で、私の仕事もらえる?」

「え、あ、ああ……」

 私は適当にあしらって、若瀬君が抱えている私の仕事を受け取った。

「木崎が仕事をするなんて……明日雪でも降るんじゃ……」

「ねー」

 若瀬君と言い合う暇なんてなくて、どんどん対応が適当になる。そして自分の席に着いてパソコンを開けば、若瀬君は話しかけてこなくなった。

 早くあそこに戻りたくて集中するけど、思うように仕事が減らない。たった二週間、私がやらなかった仕事は相当溜まっていたらしい。

 仕事の量に苦しむ私を見て嬉しそうにしている若瀬君に仕返しをしたかったけど、そうする余裕もなかった。

 これもまた自業自得というやつか。

 私は一つため息をこぼす。

 やりたいことをやるには、やらなければならないこともこなしておかなければならないらしい。なんとも面倒なことだ。

 いやでも、これが終われば自由の身だ。とにかく終わらせることだけを考えよう。

 そう自分に言い聞かせ、手を動かす。

 そしてノルマをこなすと、あの場に戻った。

「ちゃんと終わりましたから」

 文句を言われる前に言ってやった。彼は当然だというような顔をしている。

 それが面白くなくて、逃げるように資料後に向かう。だが、そのときパソコンにメールが届いた音がした。

 私は引き返して彼のそばに立つ。

「今回はどの未解決事件の情報です?」

「十年ほど前の殺人事件を早く解決してほしいというメールです。新情報ではありませんでした」

「十年……それだけ長い間罪を償わずにいるなんて、許せない……」

 これが、私の目標のきっかけだ。罪を罪だと思っていない人が平和な街を歩いているなんて、気持ちが悪い。少しでも多く街にいる犯罪者を減らして、本当に平和な街を作る。

 目標達成までの道のりは、始まったばかりだ。やっぱり寄り道をしている暇なんてないと思うけど、きっとこの人は許してくれないだろう。