「……本間凛空は犯人をかばっている。犯人がわからないっていうのは、嘘だよ」

 それは俺も一瞬考えたことだった。だが、そう言い切る証拠がなくて、言わなかった。

 だからこそ、木崎がその結論に至った理由が知りたかった。

「どうして言い切れる?」

「本間京香が来たことはわかって、犯人の顔はわからないなんて、あり得ない」

「……そうか。死にかけていたのに、姉が入ってくるまで意識がはっきりしなかったってのは考えにくい……でも、嘘だって言い切るには無理があるだろ」

 自分で考えていたら、きっと気付かないくらい小さなことだ。でも、その小さなことが気になってしまった。

「本間凛空は、犯人を知らない、じゃなくて、わからないって言ったんでしょ?」

 俺と話していたはずなのに、木崎は被害者に聞き込みに行った先輩を見た。先輩は首を縦に振る。

「本間凛空は犯人を知ってるんだよ。でも、隠してる」

「そんな日本語の違いで決めつけるのか?確かに知らないとわからないは違うだろうけど、混乱して言い間違えた可能性だってあるだろ」

 そんな揚げ足を取るようなことを根拠にしてもいいのか、と思ってしまった。

 木崎は面倒そうに顔を歪める。

「……本間凛空は混乱してたの?」

 また俺から目を逸らした。

「いや、至って冷静だった。襲われたあととは思えないくらい、はっきりと受け答えをしてくれた。むしろなんと言うか……落ち込んでるように見えた」

「で、本間京香が来たから助かったって言ってる。もう誰が犯人かなんて、明らかじゃん」

 ほらね、というような顔をされても困る。俺には本間凛空が嘘をついて、誰かを庇っていることしかわからない。

「証拠は?」

 ここまで道を示してやったのに、お前はまだわからないのかと目が言っている。

 ああ、わからないさ。でも俺だけじゃない。ほかの人たちもわかっていない。

 だから俺たちが納得できる根拠を言ってくれ。

「……本間京香が本間凛空の部屋に入って通報するまで、どれだけ時間が空いてたんだろうね」

 木崎のその疑問で話は終わった。というより、これ以上話したくないといっているように見える。

 全員息をのむ。今の話が正しければ、犯人は本間京香ということになる。

 この人の頭の中は一体どうなっているんだ。どうしてわずかな情報だけでそんなにたくさんの仮説を立てられる? それも、どれも可能性としてありうるものばかりで。

「今の木崎の質問に答えられる者はいるか?」

 一課長が聞くが、誰も反応しない。

「本間京香が監視カメラに映っている時間と、通報してきた時間の確認。それから二人にもう一度詳しく話を聞いてこい」

「はい!」

 その指示に従い、先輩たちが動き始める。俺もついていく。

 すごい。すごい、すごい、すごい。

 ひどい語彙力だとわかっているが、それしか出てこない。

 自分の目で見たわけじゃない。ただそこにある情報だけで推理した。まだ情報を出し合っていただけだから、話し合いをしていけば、あの違和感に気付き、結論に至ったかもしれない。でも、木崎はわずかな時間で、一人で考えて導き出した。

 そして、今は木崎の疑問の答えを調べるために、みんなが動いている。

 それだけ、説得力のある話だった。俺がわからなかったこと、知りたかったことにも答えてくれた。

 木崎が、望んでいない一課に配属された理由がなんとなくわかった。

「あいつ……あんなに頭が良かったんだな……結構頼りになる」

 先輩が運転をしながらそうこぼした。

 どうやら木崎の力に圧倒されたのは、俺だけではなかったらしい。

 この信頼度、あの名前の意味の通りかもしれない。

「でもまあ、生意気な奴ってことに変わりはないけど」

「確かに」

 そして俺たちは顔を見合わせて笑った。