署に戻って捜査会議をすることになったが、俺は邪魔にならないように隅に座る。すると、空いていた隣の椅子に、誰かが腰を下ろした。
木崎だ。
「なんでここに?」
小声で聞くと、木崎は両頬に空気を含ませた。
「ちゃんと仕事してないことがバレて、自分の仕事が終わるまで情報を教えないって言われた」
なるほど、自業自得というやつか。ざまあみろ。
しかしこれで木崎の能力が見れるのかもしれないと思うと、木崎にそう言ってくれた人に感謝すらする。
「で、今、どういう状況?」
「聞き込みが終わって、今から情報交換するところ」
「ふーん……」
自分が聞いてきたくせに、なんて関心のなさそうな返事をするんだ。それどころか、木崎は一番前のホワイトボードを集中して見ている。そこには数枚の写真が貼られ、簡単な情報が書き込まれている。
その目は、自分の目標を教えてくれたときのような、真剣な目だった。これが、スイッチの入った木崎ということなのだろう。
思わず見惚れてしまうほどにかっこいい。
「じゃあまず、被害者の姉、本間京香の証言から」
一課長が言うと、先輩が立ち上がった。
「本間京香は、何も知らない、見ていない、わからないとのことでした。弟が殺されそうになっていたところを見て、混乱したんだと思われます。それから、彼女から見た弟は、ケンカとは無縁な性格だそうです」
先輩は知りえた情報を簡潔に述べ、腰を下ろした。
次に被害者、本間凛空に聞き込みに行った人が当てられた。
「本間凛空は、誰に襲われたのかわからないと言っていました。うたた寝をしていて、相手がどうやって部屋に入ってきたのかも知らないとのことでした。ただ姉が声をかけて逃げていったことだけは覚えている、姉が来なかったら殺されていたと言っていました」
妙だと思った。
本間京香があの部屋からなくなっているものはないと言ったから、強盗に入られた可能性を捨てた。
つまり俺は、顔見知りの犯行だと思っていた。
それなのに、本間凛空は相手の顔を知らなかった。
もしそれが本当で、強盗の仕業だったのだとすれば、家主がうたた寝をしているところを見つけたら、逃げるのが普通だろう。わざわざそこに寝ている人を殺してまで盗みをしようとは思わないはずだ。
本間京香か本間凛空が嘘をついているのだろうか。だとしても、俺にはその根拠など導き出せない。これではわかっていないのと同じだ。
「周辺に聞き込みをしたところ、不審な人物を見たという証言は得られませんでした。ただ、本間京子がよく本間凛空の家に出入りしていたところを見ていた人は数人いました」
俺が一人で考えていたら、次の人が報告をしていた。
今度は、不審人物がいなかったというヒントが俺の頭に刻まれる。
だが、ますますわからなくなった。どの証言を合わせても、犯人像が見えてこない。
「ねえ、若瀬君。この事件、そんなに難しい?」
俺が頭を抱えていたら、木崎が聞いてきた。しかしその声は小声ではなかったため、先輩たちの耳にも届いてしまった。自分の足を使っていない木崎が意見したことで、先輩たちは木崎を睨む。
少し前の俺なら、先輩たちと同じような反応をしただろう。だが、今は違う。
俺はちょっとした好奇心から、木崎の話を聞くことにした。
「どうしてそう思うんだ?」
俺がそう聞いたことで、先輩たちの視線が俺に集中した。だが俺は気付かぬふりをして、木崎の言葉を待つ。
「……若瀬君、どうしてわかってるのに聞くの?」
「お前、俺が何考えてるのかわかるって言うのかよ」
「本間凛空への聞き込みの結果を聞いてるとき、納得してない顔してたじゃん」
そこで疑問を抱いたことは認めるが、そんなにわかりやすい反応をしていたのか。刑事としてあるまじきことだな。
木崎は俺の説明を待っている。
「……本間京香が犯人を知らないということは、可能性としてありえることだ。本間凛空の友人をすべて把握しているほうが妙な話だから」
頷いているところを見ると、俺の考えに疑問点はないということだろう。少し自信を持って、話を続ける。
「でも、本間凛空が犯人の顔を知らないというのもおかしな話なんだ。本間凛空が知らないということは、強盗とか、そういうことだろ? でも、うたた寝している奴をわざわざ殺してまで盗みたいものってなんだ? ただの男子大学生の部屋に、そうする価値があるものが存在するのか?」
考えていたことを丁寧に説明した。木崎はまだ黙っている。
「……ここまでは考えた。でも、なんの解決にもなっていない。木崎、何かわかったのなら、教えてくれ」
木崎の顔に、仕方ないと書かれているのがわかる。
まったく、わかりやすいのは一体どっちなんだか。
木崎だ。
「なんでここに?」
小声で聞くと、木崎は両頬に空気を含ませた。
「ちゃんと仕事してないことがバレて、自分の仕事が終わるまで情報を教えないって言われた」
なるほど、自業自得というやつか。ざまあみろ。
しかしこれで木崎の能力が見れるのかもしれないと思うと、木崎にそう言ってくれた人に感謝すらする。
「で、今、どういう状況?」
「聞き込みが終わって、今から情報交換するところ」
「ふーん……」
自分が聞いてきたくせに、なんて関心のなさそうな返事をするんだ。それどころか、木崎は一番前のホワイトボードを集中して見ている。そこには数枚の写真が貼られ、簡単な情報が書き込まれている。
その目は、自分の目標を教えてくれたときのような、真剣な目だった。これが、スイッチの入った木崎ということなのだろう。
思わず見惚れてしまうほどにかっこいい。
「じゃあまず、被害者の姉、本間京香の証言から」
一課長が言うと、先輩が立ち上がった。
「本間京香は、何も知らない、見ていない、わからないとのことでした。弟が殺されそうになっていたところを見て、混乱したんだと思われます。それから、彼女から見た弟は、ケンカとは無縁な性格だそうです」
先輩は知りえた情報を簡潔に述べ、腰を下ろした。
次に被害者、本間凛空に聞き込みに行った人が当てられた。
「本間凛空は、誰に襲われたのかわからないと言っていました。うたた寝をしていて、相手がどうやって部屋に入ってきたのかも知らないとのことでした。ただ姉が声をかけて逃げていったことだけは覚えている、姉が来なかったら殺されていたと言っていました」
妙だと思った。
本間京香があの部屋からなくなっているものはないと言ったから、強盗に入られた可能性を捨てた。
つまり俺は、顔見知りの犯行だと思っていた。
それなのに、本間凛空は相手の顔を知らなかった。
もしそれが本当で、強盗の仕業だったのだとすれば、家主がうたた寝をしているところを見つけたら、逃げるのが普通だろう。わざわざそこに寝ている人を殺してまで盗みをしようとは思わないはずだ。
本間京香か本間凛空が嘘をついているのだろうか。だとしても、俺にはその根拠など導き出せない。これではわかっていないのと同じだ。
「周辺に聞き込みをしたところ、不審な人物を見たという証言は得られませんでした。ただ、本間京子がよく本間凛空の家に出入りしていたところを見ていた人は数人いました」
俺が一人で考えていたら、次の人が報告をしていた。
今度は、不審人物がいなかったというヒントが俺の頭に刻まれる。
だが、ますますわからなくなった。どの証言を合わせても、犯人像が見えてこない。
「ねえ、若瀬君。この事件、そんなに難しい?」
俺が頭を抱えていたら、木崎が聞いてきた。しかしその声は小声ではなかったため、先輩たちの耳にも届いてしまった。自分の足を使っていない木崎が意見したことで、先輩たちは木崎を睨む。
少し前の俺なら、先輩たちと同じような反応をしただろう。だが、今は違う。
俺はちょっとした好奇心から、木崎の話を聞くことにした。
「どうしてそう思うんだ?」
俺がそう聞いたことで、先輩たちの視線が俺に集中した。だが俺は気付かぬふりをして、木崎の言葉を待つ。
「……若瀬君、どうしてわかってるのに聞くの?」
「お前、俺が何考えてるのかわかるって言うのかよ」
「本間凛空への聞き込みの結果を聞いてるとき、納得してない顔してたじゃん」
そこで疑問を抱いたことは認めるが、そんなにわかりやすい反応をしていたのか。刑事としてあるまじきことだな。
木崎は俺の説明を待っている。
「……本間京香が犯人を知らないということは、可能性としてありえることだ。本間凛空の友人をすべて把握しているほうが妙な話だから」
頷いているところを見ると、俺の考えに疑問点はないということだろう。少し自信を持って、話を続ける。
「でも、本間凛空が犯人の顔を知らないというのもおかしな話なんだ。本間凛空が知らないということは、強盗とか、そういうことだろ? でも、うたた寝している奴をわざわざ殺してまで盗みたいものってなんだ? ただの男子大学生の部屋に、そうする価値があるものが存在するのか?」
考えていたことを丁寧に説明した。木崎はまだ黙っている。
「……ここまでは考えた。でも、なんの解決にもなっていない。木崎、何かわかったのなら、教えてくれ」
木崎の顔に、仕方ないと書かれているのがわかる。
まったく、わかりやすいのは一体どっちなんだか。