いつも通り書類仕事をこなしていたら、事件が発生したとの連絡が入った。
「若瀬、出動だ」
「はい!」
その声は震えていた。初めての現場に、緊張しているらしい。
しかしそんなものをしている場合ではない。俺は先輩刑事について現場に向かった。
「今回の事件は殺人未遂だ。一人暮らしをする男子大学生が自室で何者かに首を絞められていたところを、姉が発見、通報したとのこと。そんなに気を張らなくてもいい」
現場に向かう車の中で教えられ、肩を叩かれた。どうやら俺は、見るからに緊張していたらしい。
「何者かってことは……強盗、ですかね」
「さあな。姉が弟の友人の顔を知らなかったら、何者かってことになるだろうから、決めつけるにはまだ早いんじゃないか?」
確かに。少し結論を急ぎすぎた。
少しすると、先輩は車を停めた。
「俺たちは、第一発見者の姉に話を聞くことになった。俺が話を聞くから、お前はメモを取れ」
学生たちの職場体験かと思うような仕事内容に異議を申し立てたかったが、いきなり話を聞けと言われてもできる気がしなかった。
まずは見て学ぶ。それが賢明だろう。
現場は普通のアパートの一室だった。
室内に入ると、特に荒れた様子もなく、強盗の仕業とは思えなかった。男子大学生らしい部屋。いや、一人暮らしにしてはかなり整頓されているな。掃除が得意なのか。それは羨ましい。
だが、それだけ整理されているからこそ、本棚の上にある写真立てが気になった。写っているのは、小学生くらいの男児と女児、そして女性。女性が男児を抱きしめていて、女児がその横に立っているという写真だ。おそらく、昔の家族写真だろう。
しかし気になったのは写真ではない。写真立てのほうで、ガラスにひびが入っている。買い替える余裕がなかったのか、今回の事件で割れてしまったのか……
「では、あなたが見たことをそのまま教えていただけますか?」
俺が部屋の様子に意識を取られていたら、先輩が聞き込みを始めた。俺は急いで胸ポケットからメモ帳とボールペンを取り出す。
「見た、こと……?」
彼女の目が怖いものを見たと訴えている。
弟が殺されそうになっていたところを目撃したのだから、動揺するのは当然だろう。そして、思い出したくないことも。
それでも彼女から話を聞かなければ、俺たちは犯人を捕らえることはできない。酷な話だが、彼女にはあったことを話してもらわなければならない。
「私は、知らない……警察に、電話をかけただけ……何も知らない……」
かなり混乱している。これは彼女から事件当時の話を聞くのは難しそうだ。
先輩もそう思ったのか、彼女にそれ以上事件の質問をしなかった。
「弟さんはどんな人柄でした?」
「弟は……太陽みたい……自分を恨んでいる人がいても、それを受け止めて……ケンカとは、無縁な子……」
そんな人が殺されそうになるだなんて、相当恨まれていたのだろう。この事件の犯人を見つけるのは簡単ではなさそうだ。
「では、誰が彼を恨んでいたかはわかりますか?」
彼女はその質問に、首を左右に振って答えた。少し大げさにも感じたが、それこそさっき先輩が言っていたようなもので、弟の交友関係を知らないからこその否定だろう。
「いくつも質問してすみません、でもこれが最後です。この部屋からなくなったものはありますか?」
先輩も少しは強盗の仕業と思っているのだと、この質問でわかった。
強盗の仕業だと言い切ることはできなかったが、逆にそうではないという証拠だってない。それを知るには、この質問は必要不可欠だった。
「特には……」
「そうですか。ご協力、ありがとうございました」
先輩がお礼を言うと、彼女は軽く頭を下げた。そして顔を上げると、まだ怯えたような目をしていた。俺たちが話を聞いて、犯人が捕まるかもしれないというのに、彼女の中にある恐怖は消せなかったようだ。
「よし、戻るぞ」
先輩は運転席のドアに手をかけた。
「え、もうですか? 近辺に聞き込みとか……」
「それはほかの奴らがやってる。こういうことは協力し合ってやるもんだろ。どっかの誰かは協力する気配なんてないけど」
それは間違いなく木崎のことだろう。俺は苦笑することしかできなかった。
「若瀬、出動だ」
「はい!」
その声は震えていた。初めての現場に、緊張しているらしい。
しかしそんなものをしている場合ではない。俺は先輩刑事について現場に向かった。
「今回の事件は殺人未遂だ。一人暮らしをする男子大学生が自室で何者かに首を絞められていたところを、姉が発見、通報したとのこと。そんなに気を張らなくてもいい」
現場に向かう車の中で教えられ、肩を叩かれた。どうやら俺は、見るからに緊張していたらしい。
「何者かってことは……強盗、ですかね」
「さあな。姉が弟の友人の顔を知らなかったら、何者かってことになるだろうから、決めつけるにはまだ早いんじゃないか?」
確かに。少し結論を急ぎすぎた。
少しすると、先輩は車を停めた。
「俺たちは、第一発見者の姉に話を聞くことになった。俺が話を聞くから、お前はメモを取れ」
学生たちの職場体験かと思うような仕事内容に異議を申し立てたかったが、いきなり話を聞けと言われてもできる気がしなかった。
まずは見て学ぶ。それが賢明だろう。
現場は普通のアパートの一室だった。
室内に入ると、特に荒れた様子もなく、強盗の仕業とは思えなかった。男子大学生らしい部屋。いや、一人暮らしにしてはかなり整頓されているな。掃除が得意なのか。それは羨ましい。
だが、それだけ整理されているからこそ、本棚の上にある写真立てが気になった。写っているのは、小学生くらいの男児と女児、そして女性。女性が男児を抱きしめていて、女児がその横に立っているという写真だ。おそらく、昔の家族写真だろう。
しかし気になったのは写真ではない。写真立てのほうで、ガラスにひびが入っている。買い替える余裕がなかったのか、今回の事件で割れてしまったのか……
「では、あなたが見たことをそのまま教えていただけますか?」
俺が部屋の様子に意識を取られていたら、先輩が聞き込みを始めた。俺は急いで胸ポケットからメモ帳とボールペンを取り出す。
「見た、こと……?」
彼女の目が怖いものを見たと訴えている。
弟が殺されそうになっていたところを目撃したのだから、動揺するのは当然だろう。そして、思い出したくないことも。
それでも彼女から話を聞かなければ、俺たちは犯人を捕らえることはできない。酷な話だが、彼女にはあったことを話してもらわなければならない。
「私は、知らない……警察に、電話をかけただけ……何も知らない……」
かなり混乱している。これは彼女から事件当時の話を聞くのは難しそうだ。
先輩もそう思ったのか、彼女にそれ以上事件の質問をしなかった。
「弟さんはどんな人柄でした?」
「弟は……太陽みたい……自分を恨んでいる人がいても、それを受け止めて……ケンカとは、無縁な子……」
そんな人が殺されそうになるだなんて、相当恨まれていたのだろう。この事件の犯人を見つけるのは簡単ではなさそうだ。
「では、誰が彼を恨んでいたかはわかりますか?」
彼女はその質問に、首を左右に振って答えた。少し大げさにも感じたが、それこそさっき先輩が言っていたようなもので、弟の交友関係を知らないからこその否定だろう。
「いくつも質問してすみません、でもこれが最後です。この部屋からなくなったものはありますか?」
先輩も少しは強盗の仕業と思っているのだと、この質問でわかった。
強盗の仕業だと言い切ることはできなかったが、逆にそうではないという証拠だってない。それを知るには、この質問は必要不可欠だった。
「特には……」
「そうですか。ご協力、ありがとうございました」
先輩がお礼を言うと、彼女は軽く頭を下げた。そして顔を上げると、まだ怯えたような目をしていた。俺たちが話を聞いて、犯人が捕まるかもしれないというのに、彼女の中にある恐怖は消せなかったようだ。
「よし、戻るぞ」
先輩は運転席のドアに手をかけた。
「え、もうですか? 近辺に聞き込みとか……」
「それはほかの奴らがやってる。こういうことは協力し合ってやるもんだろ。どっかの誰かは協力する気配なんてないけど」
それは間違いなく木崎のことだろう。俺は苦笑することしかできなかった。