木崎は、本当に仕事をしなかった。それどころか、自分のデスクにすらいなかった。
木崎の仕事が、全部下っ端の俺に回ってくる。最悪だ。本当に。俺がやりたかったのは書類仕事なんかじゃなかったのに。あれから書類仕事以外の仕事を
こうなったのも全部、あいつのせいだ。あの初日に仕事に興味がないと言い切ったあいつのせいだ。
「若瀬君の下の名前って、イケメン俳優と同じ字を書くんだね」
ご本人様登場。
いないと思っていたら、こうして俺の邪魔をしに現れる。そして出てくるや否や、嫌な笑顔を見せてくれる。俺はその顔を見たくなくて、手元に集中する。
「……だから?」
自分でも驚くほど、突き放すような言い方になってしまった。
「若瀬君って全然イケメンじゃないのに、同じ名前なんだ?」
それなのに、木崎は引かなかった。
顔は見ていない。見ていないが、バカにされているとわかる。
だが、今売られている喧嘩を買う気はない。我慢だ。我慢をするんだ、俺。木崎が飽きるまで、耐えろ。
「名前負けしてるね」
……耐えろ。この悪魔がいなくなるまで。
そう自分に言い聞かせていたら、タイミングよく木崎のスマホが鳴った。俺には、救いの鐘に聞こえた。
スマホを確認すると、木崎はそのままどこかに行った。
荒らすだけ荒らして消えやがった。
なんだ、名前負けって。俺の親はそういうつもりでつけていないのに。多分。
というか、自分はどうなんだ。
俺は気になって、仕事を中断して木崎の名前の意味を検索した。
『里……寛容で温和な人に育ってほしい
津……信頼され、たくさんの人に囲まれるように』
俺は目を疑った。これがあいつの名前の意味だなんて、絶対に嘘だろ。
「あいつのほうがぶっちぎりで名前負けしてんじゃん……」
でも、これを本人に言う気にはなれなかった。
わざわざ調べたんだ?とか言って、またバカにされる未来しか見えないから。俺は絶対に言わない。
そんな毎日が、二週間程度続いた。
仕事をしない木崎の代わりに仕事をこなし、ときどきやってくる木崎にからかわれる毎日。とにかく木崎に振り回される日々で、地獄のようだった。
「あれ、若瀬君。みんなの分まで頑張るって言ってた割にはできてないね?」
再び顔を出した悪魔様は、嫌味たっぷりに言ってきた。
「お前がやらないから……」
堪えきれなくなった俺は、小声で反撃する。なんとも小さな力。これで悪魔を倒せるわけないのに。俺は、言わずにはいられなかった。
「なにか言った?」
その笑顔から、みんなの分まで頑張りたいんだからできるよね、的な言葉が聞こえてくる。
できるわけないだろ。俺とお前の二人分やっているんだ。
ただでさえ新人でスピードが遅いのに、二倍だぞ。どう考えてもすぐに終わるわけがない。
「私は私の目標のためにやるべきことをやってる。君がそうやって頑張るのも、自分のためでしょ?」
だからって木崎の分までやる理由にはならないと思いますけどね。
「……そういえば、木崎の目標ってなに?」
与えられた仕事を放置して仕事場を離れてまでやろうとしていることが何か、気にならないほうが不思議だろう。教えてくれるとは思えないが。
「未解決事件をなくすこと」
意外とあっさりと教えてくれた。
しかしなんだって?
未解決事件を。なくす、と。
「……そんなこと、できるのか?」
「できるできないの話じゃない。やるって決めたの」
木崎はまっすぐな目をして言い切った。不覚にも、かっこいいと思ってしまった。常にこのやる気で、その表情を見せられたら、好きになっていただろうな。
しかしそれだけ強い信念があれば、一課の仕事を放棄するのはわからなくもない。
だが、やるべきことをやりつつ、目標を達成しようとは思わなかったのだろうか。
「私は今、未解決事件を取り扱っている人のところに行って、情報を聞いてる。どうすれば解決できるかも考えたり。これでも結構忙しいの」
だからお前は私の仕事もしておけ、と。
横暴だ。悪魔で女王様だ。最低だ。
「そういうわけで、頑張ってねー」
木崎は手を振って去って行った。まったく手伝うことなく、またどこかに行ってしまった。
しかし木崎はすべての仕事に興味がないというわけではなかったらしい。一課での仕事に興味がなかっただけ。
……よくあれで一課に配属されたな。あのやる気のなさだと、自分で希望したとは考えにくい。
つまり、純粋に優秀で、選ばれた存在……
「……まさかな」
そう呟いてみるが、一度頭に浮かんだ考えは、簡単には消えてくれない。
憶測でしかないが、もし木崎が本当に優秀な人材なのだとしたら、木崎が持っている能力を見てみたい。
木崎がいつ、どうやってやる気を出すのかなんて知らないが。
木崎の仕事が、全部下っ端の俺に回ってくる。最悪だ。本当に。俺がやりたかったのは書類仕事なんかじゃなかったのに。あれから書類仕事以外の仕事を
こうなったのも全部、あいつのせいだ。あの初日に仕事に興味がないと言い切ったあいつのせいだ。
「若瀬君の下の名前って、イケメン俳優と同じ字を書くんだね」
ご本人様登場。
いないと思っていたら、こうして俺の邪魔をしに現れる。そして出てくるや否や、嫌な笑顔を見せてくれる。俺はその顔を見たくなくて、手元に集中する。
「……だから?」
自分でも驚くほど、突き放すような言い方になってしまった。
「若瀬君って全然イケメンじゃないのに、同じ名前なんだ?」
それなのに、木崎は引かなかった。
顔は見ていない。見ていないが、バカにされているとわかる。
だが、今売られている喧嘩を買う気はない。我慢だ。我慢をするんだ、俺。木崎が飽きるまで、耐えろ。
「名前負けしてるね」
……耐えろ。この悪魔がいなくなるまで。
そう自分に言い聞かせていたら、タイミングよく木崎のスマホが鳴った。俺には、救いの鐘に聞こえた。
スマホを確認すると、木崎はそのままどこかに行った。
荒らすだけ荒らして消えやがった。
なんだ、名前負けって。俺の親はそういうつもりでつけていないのに。多分。
というか、自分はどうなんだ。
俺は気になって、仕事を中断して木崎の名前の意味を検索した。
『里……寛容で温和な人に育ってほしい
津……信頼され、たくさんの人に囲まれるように』
俺は目を疑った。これがあいつの名前の意味だなんて、絶対に嘘だろ。
「あいつのほうがぶっちぎりで名前負けしてんじゃん……」
でも、これを本人に言う気にはなれなかった。
わざわざ調べたんだ?とか言って、またバカにされる未来しか見えないから。俺は絶対に言わない。
そんな毎日が、二週間程度続いた。
仕事をしない木崎の代わりに仕事をこなし、ときどきやってくる木崎にからかわれる毎日。とにかく木崎に振り回される日々で、地獄のようだった。
「あれ、若瀬君。みんなの分まで頑張るって言ってた割にはできてないね?」
再び顔を出した悪魔様は、嫌味たっぷりに言ってきた。
「お前がやらないから……」
堪えきれなくなった俺は、小声で反撃する。なんとも小さな力。これで悪魔を倒せるわけないのに。俺は、言わずにはいられなかった。
「なにか言った?」
その笑顔から、みんなの分まで頑張りたいんだからできるよね、的な言葉が聞こえてくる。
できるわけないだろ。俺とお前の二人分やっているんだ。
ただでさえ新人でスピードが遅いのに、二倍だぞ。どう考えてもすぐに終わるわけがない。
「私は私の目標のためにやるべきことをやってる。君がそうやって頑張るのも、自分のためでしょ?」
だからって木崎の分までやる理由にはならないと思いますけどね。
「……そういえば、木崎の目標ってなに?」
与えられた仕事を放置して仕事場を離れてまでやろうとしていることが何か、気にならないほうが不思議だろう。教えてくれるとは思えないが。
「未解決事件をなくすこと」
意外とあっさりと教えてくれた。
しかしなんだって?
未解決事件を。なくす、と。
「……そんなこと、できるのか?」
「できるできないの話じゃない。やるって決めたの」
木崎はまっすぐな目をして言い切った。不覚にも、かっこいいと思ってしまった。常にこのやる気で、その表情を見せられたら、好きになっていただろうな。
しかしそれだけ強い信念があれば、一課の仕事を放棄するのはわからなくもない。
だが、やるべきことをやりつつ、目標を達成しようとは思わなかったのだろうか。
「私は今、未解決事件を取り扱っている人のところに行って、情報を聞いてる。どうすれば解決できるかも考えたり。これでも結構忙しいの」
だからお前は私の仕事もしておけ、と。
横暴だ。悪魔で女王様だ。最低だ。
「そういうわけで、頑張ってねー」
木崎は手を振って去って行った。まったく手伝うことなく、またどこかに行ってしまった。
しかし木崎はすべての仕事に興味がないというわけではなかったらしい。一課での仕事に興味がなかっただけ。
……よくあれで一課に配属されたな。あのやる気のなさだと、自分で希望したとは考えにくい。
つまり、純粋に優秀で、選ばれた存在……
「……まさかな」
そう呟いてみるが、一度頭に浮かんだ考えは、簡単には消えてくれない。
憶測でしかないが、もし木崎が本当に優秀な人材なのだとしたら、木崎が持っている能力を見てみたい。
木崎がいつ、どうやってやる気を出すのかなんて知らないが。