「騙すようなことして、本当にごめんなさい」

 放課後、藤枝さんは俺のクラスにやってきて、頭を深く下げて俺に謝った。

 その結果、俺たちは教室内にいる人ほぼ全員の視線を集めた。

 まさか彼女に謝られると思っていなくて、俺は戸惑いを隠せない。

「……場所、変えよう」

 俺は動揺したまま、藤枝さんを廊下に連れ出す。藤枝さんは申し訳なさそうな顔をやめてくれない。

「謝らなくていいよ」

 優しく声をかけると、藤枝さんとやっと目が合った。

「怒ってないの?」
「俺が怒るなんて、できると思う?」

 意地の悪いことを言ってしまった。首を横に振ってくれてもいいのに、藤枝さんは困ったように俯いた。

 きっと、藤枝さんは本当に優しい人だ。俺みたいな、最低な人間が関わっていい人じゃない。

「藤枝さんに言っても仕方ないってわかってるけど、もう女子には近付けないだろうから、言っておくね」

 藤枝さんは不思議そうな目をして俺を見る。

 もう、可愛いとか、好きだとか、思うべきじゃない。

「今後一切、人の気持ちで遊ぶようなことはしないし、女子にも近付かない。迷惑かけてごめんって、言っておいてくれるかな」

 自分の口で伝えるべきだとはわかっている。

 だけど、綾乃にああ言われてしまった以上、こうする以外、謝罪の方法がなかった。

「それと……嫌な思いをさせて、ごめんね」

 俺は藤枝さんになにかを言われる前に、その場を離れる。

「柿原君!」

 まさか呼び止められると思っていなくて、俺は大げさに振り向いてしまった。

「……全部が嘘だったわけじゃ、ないからね」

 それがどれだけ俺を慰めてくれているか、藤枝さんは知らない。でも、教えるつもりもない。

 藤枝さんの優しさに付け込んで、俺たちがしてきたことをなかったことにするわけにはいかない。

「……そっか」

 女子の嘘告白に気付けなかった俺が、藤枝さんの嘘を見抜けるはずがない。どれが嘘で、どれが本当の藤枝さんだったのか聞きたくてもできず、それしか言えなかった。

 俺は藤枝さんに背を向けて歩き始める。それと同時に、頬に一筋の涙が伝った。


 嘘だった。なにもかも。

 でも、藤枝さんのことは本当に好きだった。

 だとしても、俺が藤枝さんの隣に立つ資格はない。

 これは、純粋で幸せな気持ちを偽らせた報いだ。


 さよなら、好きな人。どうか、君が幸せになれますように。