結婚前夜のラブレター


結婚式前日の夜。俺の部屋に入ってきた姉の(さち)が、いきなり三冊のノートとライターを突きつけてきた。

「秘密を消すのを手伝ってくれないかな?」
「何だよ、急に。結婚前に、浮気の証拠でも隠滅すんの?」

冗談で笑ったのに、祥の顔は真剣だった。

「実はあたし、ずっと優也に隠してたことがある。だから、一緒にその秘密を消してほしい」

俺は深刻そうに話を続ける祥を見つめて、困り顔で頭を掻いた。

だって、ちょっと前までいつもどおりだったじゃん。

「家族みんなが揃う最後の夕食だから……」って、母さんが用意した特上牛のすき焼きを、子どものときみたいに肉の取り合いをしながら食った。

半年ぶりに会っても変わらない祥に「旦那の前ではもうちょっと遠慮深くなれよ」って言ったら、「こんな姿、優也にしか見せないし」って大口開けて笑ってた。

それが、今はまるで明日にでも死ぬんじゃないかって目をしてる。

明日は待ちに待った結婚式だろ。それなのに、いったい何──?

祥が泣きそうに顔を歪めて、さらにノートを突き出してくる。

「お願い、優也にしか頼めない」

差し出されたそれに手を伸ばすと、祥が泣きそうに唇の端を引き上げた。


《八月八日》

今日、お母さんがさいこんした。
あたしには、あたらしいお父さんとおとうとができた。同じ年なのに、おとうとだってお母さんが言ってた。
おとうとの名前は優也っていって、あたしにぺこっておじぎしただけで、あんまり話さない。
クラスの男子とちがって、クールでかっこいい。
だけど、あたしが学校のおもしろい話をしたら、ちょっと笑った。おとうとは、笑うとかわいい。
八月八日は、すえひろがりだってお母さんが言ってた。しあわせが引きよせられるらしい。
だからきっと、あたしの家族もしあわせになると思う。


《十月十六日》

十四歳の誕生日を前にして、初めての彼氏ができた。
彼氏は隣のクラスの青木くん。一年のときに同じクラスだったけど、挨拶ぐらいしかしたことない。
でも、ずっとあたしのことが気になってたんだって。
ほかに好きな人もいないし、告白されたのが嬉しくて、すぐにオッケーした。
友達何人かにメールしたら、みんなすごくびっくりして羨ましがってた。
優也にも言いたかったけど、帰ってきたら部屋で寝ててまだ話せてない。優也はまだ彼女いないと思うから、あたしに先を越されたって知ったら絶対悔しがるだろうなー。優也がどんな反応するか楽しみ。




《十月十七日》

優也に彼氏ができたことを話した。
絶対に悔しがるだろうなって思ったのに、優也は何も言わずに怖い顔をしていた。
優也は学校ではクールなタイプだけど、家ではあたしによく笑ってくれる。
今まで睨まれたことなんて一度もない。それなのに、今日はめちゃくちゃ怖かった。
気まずくなって優也から逃げようとしたら、すごい力で腕をつかまれた。
優也の腕はあたしと変わんないくらい細いのに。めちゃくちゃ力が強くて、すごくびっくりした。
青木のこと、ほんとに好きなの?って、優也に怖い顔で聞かれた。
よくわからないけど、ものすごくドキドキした。
青木くんに告白されたときよりもドキドキしたかも。
今も、優也につかまれたとこが熱い。


《十二月十八日》

青木くんと別れた。
付き合うって何をするのかよくわからない。一ヶ月前から学校で全然しゃべらなくなって。メールしててもつまらなくなってきて。
別れる?って何気なく聞いたら、いいよって言われた。別れたけど、全然悲しくない。
友達はクリスマス前なのにもったいないって言ってたけど、どうなんだろう。
優也は、いつもみたいに家でクリスマスケーキ食べたらいいじゃんって笑ってた。
あたしが別れたことを話したときも、ちょっと嬉しそうだった。
あたしの不幸を喜んでるのかな。だとしたら、最悪。
でも、クリスマスは優也と家でケーキを食べることが、一番想像できる気がする。


《七月十五日》

もうすぐ、中学最後の夏休み。
他のクラスの友達から、優也が一週間前に山口さんから告られたらしいって噂を聞いた。
山口さんは、あたしと優也と同じ塾に通っている、頭が良くて可愛い子。そういえば中三になってからよく自習室で優也の隣の席に座ってるなーって思ってたけど、優也を好きだとは知らなかった。
優也にもついに初カノできたのかも。
夜ごはんのときに優也を観察してたけど、今までと変わったところは別にない。ジロジロ見てたら、ウザがられた。
最近、優也はあたしによくウザいって言う。ウザいのなんて、お互いさまなのに。ほんと、ムカつく。

《八月七日》

夏期講習からの帰り道。今日に限って自転車で塾に来ていた優也が、寄り道しようって言ってきた。
自転車で優也が連れてってくれたのは、学校の近くの高台にある公園。
今日は隣町の花火大会だったみたいで、優也は部活の友達から高いところに行けばうちの町からも見られるかもって情報を仕入れてきたらしい。
隣町の花火が見られるなんてあんまり信じられなかったけど、優也が絶対行くって言うし。仕方ないからついていった。
優也と交代で必死に自転車漕いで、坂道を登って。高台の公園まで着いたら、ドンドンッて花火の音が聞こえてきた。
テンション上がって、優也と一緒に見晴台まで走ったら、すごーく遠くに豆粒みたいな花火が見えた。
せっかく頑張って行ったのに、期待はずれでガッカリ。
でも、ひさしぶりに優也といっぱいしゃべって笑ったかも。なんか楽しかった。
最近の優也は反抗期なのか、あたしにはちょっと冷たいから。嫌われてないみたいで良かった!

《十二月二十五日》

受験生は、イヴもクリスマスも普通に塾。
冬季講習帰りに優也と一緒に家に帰りながら、彼女と予定ないの? って聞いたら、そんなんいねーけどって鼻で笑われた。
山口さんは相変わらず自習室で優也の隣に座ってるけど、優也いわく、ふつーに友達らしい。ちょっとホッとした。
あたしは青木くんと別れてから好きなひととかいないのに、弟の優也に彼女がいるとかズルいもん。