「なんだよあのおっさん……マジで剣道やってたのか……」
剣道じゃない。あの人がやっていたのは、人斬りだ。私は彼に刀を渡したことを、後悔しはじめていた。
私は、寮母の彼がいい。笑いながら人を傷つける土方さんなんて、見たくない。このまま止まらなかったら……。
私の心配は杞憂に終わった。あらかた敵をのしたあと、彼は怒鳴った。
「もう決着はついただろう。この黄色頭を連れて、とっとと帰れ!」
まだやられていなかった者たちが震えあがった。青い顔で気を失った総長を連れ、そそくさと逃げ帰っていく。
よく見れば、土方さんに打たれた者も、気を失ってしまうまでやられてはいないようだ。
「すげえ。だいぶ力加減したんだな、おっさん」
加減を知らずに刀で打てば、鞘がついていても骨折したり、気を失ったり、打ちどころが悪ければ死ぬ可能性がある。
土方さんは人斬りのくせに、誰も殺さなかった。
「やれやれ。俺も甘くなったもんだ」
静かになった門の内側で、土方さんは脇差を拾った。そのとき、上空からぽつんと、私の鼻先に雫が落ちた。
「雨……?」
暗いからわからなかったが、いつの間にか曇っていたらしい。雨粒はあっという間に激しく夜を濡らした。