理事長室から出てきた私たちは、一緒に寮に戻った。途中で見た及川学園の校舎、アスファルトの道路、道行く人々の服装、電柱だらけの街並みを見て、彼はため息を吐いた。

「俺ぁとんでもないところに来ちまった。まるでおとぎの国みてえじゃねえか」

 ラ行が巻き舌になり、「し」と「ひ」が曖昧な江戸弁で彼はぶつぶつ言う。

「ちなみに今は、戦なんてものはあるのか」

「戦? 戦争ですか。遠くの国ではあるところもあるでしょうけど、今のところこの国は平和ですよ」

 戦争が起きているかどうかという点では平和だ。他の問題は山積みだとしても。

「いまだに身分差別はあるのか」

「士農工商はありません。貧富の差は多少ありますけど、職業選択の自由というものがあります」

 江戸時代と違うところをいちいち説明していると日が暮れてしまう。私は早足で寮に向かった。学園から寮までは、歩いて三十分程度だ。

「もっと近くに宿舎を作ればよかったのにな」

「うちの寮の子は、訳アリ家庭の子が多いので。寮から通っていることを知られたくない子もいますから」

 土方さんは詳しい説明を求めるように、こちらをじっと見る。髪を切った彼は正真正銘のイケメン。照れるというか……リアクションに困る。