「……うまい」
彼は安堵したように、表情を和らげる。こうして見ると、普段刀を振り回して敵を斬りまくっている人には見えなかった。
「変わっていないものも、あるんだな」
短く言葉を切ると、彼は黙って箸を動かしはじめた。用意した朝食は、あっという間に彼の胃袋に収まった。
「……というわけで、今日からこの寮で働くことになった土方歳三さんです」
帰る場所のない土方さんは、私と同じ職場で働くことになった。この寮を経営しているのは、私立及川学園理事長の及川氏だ。
記憶を失って倒れていたという体で、私が土方さんを及川氏に引き合わせた。長髪は床屋さんでバッサリ切った。ちょうど、幕末の写真に写っている彼のように。
「あら~、いい男ね~」
実は及川氏、齢七十歳のご婦人である。彼女はにっこりと微笑み、うなずいた。
「それはお困りでしょうとも。好きなだけいてくださって構わないわ」
「かたじけない」
頭を下げた土方さんに、及川氏は微笑みで返した。あれこれと事情を深く聞くこともなく誰でも受け入れてしまうのは、彼女の美徳であり、困った点でもある。
ちなみに困るのは、彼女ではない。彼女の周りがハラハラするという意味だ。しかし及川氏の目に狂いがあったことは今までなく、学園でも寮でも、大きな問題は起きていない。