「これでよし。着物も洗濯をすれば平気だと思うが……一応新しいものが買えるように」


 彼は内ポケットから紙幣を取り出して、私に握らせた。


「えっ……いただけません!」
「どうして? 俺がきみの着物を汚したんだから、当然だ」


 そんなことを言っても、手には十圓券が二枚握らされている。

 十圓なんて大きな紙幣を手にしたことがない私は、口をあんぐり開けてあたふたした。


「足りないかい?」
「な、なにをおっしゃっているんですか? いただきすぎです」


 社会の仕組みについてあれこれは知らないけれど、尋常小学校の一年目の先生の月給が八圓だと聞いていたので、このお札が価値あるものだということだけはわかる。


「汚したのは俺だ。いいから取っておきなさい。余ったら好きなように使えばいい」
「お金があっても、使い方がわかりません!」


 動転している私は、大きな声を張り上げた。